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2008年1月

2008年1月25日 (金)

パトリック・ロジェ in サロン・デュ・ショコラ

フフフ、昨日スケジュールの隙間を縫ってフジーニも「世界最大のチョコレートの祭典」に行って来ました。

今年は、「パトリック・ロジェ」一本に絞ってます。様々なショコラティエの芸術が味わえる現在の日本において、アンリ・ルルー上陸後の最注目は、何といっても初登場!パトリック・ロジェでしょう。

未だパリでしか食べる事が出来ない名作を食べる機会は逃しません。

2000年に30歳という若さで、チョコレート職人にとって最高の名誉にあたるM.O.F(フランス 国家最優秀職人賞)に輝いた彼。プラリネの魔術師、チョコレートの芸術家とい う異名をとるその独特の味わいと感性を体感する日が来ました。

天然フルーツの香りを大切にするパトリック・ロジェ氏ですが、中でも柑橘系の味わいは秀逸です。会場には、パトリック・ロジェ氏本人がいたので少し話をさせて頂きました。日本に大変な敬意を持って下さっています。購入した氏の著書に書かれた直筆のサインには「愛」と、覚えたての「友情」の文字が書かれました。

本当に芸術家としての、その存在感に感動の時間を過ごす事が出来ました。

ピエール・ガニエールと似たオーラを感じます。「先ずは、アートありき」という感性も似たものを感じます。

さて、購入したチョコは、天然フルーツを使った「シクローヌ」など、「フルーツとショコラのマリアージュ」というテーマを表現した逸品です。その美しい姿は、宇宙からみた地球のようでもあります。

しかーし!18粒で15,750円とは、高ーーーーーーい!その上、著書が15,750円だって・・・

ひえ~~~カードで分割にしようかと思いますね、こりゃ。

それでも、超一流を知る機会を逃さない!と自分に言い聞かせてGET !です。

しかし、ゆっくり味わえぬまま出張です。

自宅に残されたチョコ・・・ママーニとチビーニが留守番中・・・ピラニアの棲むアマゾンに肉を落とした状態にならねば良いが・・・帰ったら箱だけはイヤだよ。

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2008年1月22日 (火)

やっぱりオーボンヴュータンだわ

Obonsign 「伝統の中に、新しい発見が出来ないか。自分なりに作ったら、どんな菓子が出来るか。私の菓子づくりは、伝統への挑戦である」とパティシエである河田勝彦氏は語る。

東京は、東急大井町線・尾山台駅前の商店街の外れに佇むオーボンヴュータン。扉を開けると、店内には四季を問わず定番のお菓子がきれいに並んでいます。ケースには約30種類もの洋菓子があり、プティ・フール・セックの種類なども豊富で。計り売りをしてくれるのも嬉しい。また果物の香りを封じ込めた、ジャムやコンポートなども求められます。その他には、ヌガーやパート・ドゥ・フリュイが、チョコレートなどと一緒に並んでいます。店内を見渡しただけでフランスの香りに包まれるかのような優美さです。

壁にはアンティークの菓子型などが飾られ、フランスやイタリアのBAR(バール)をイメージして作られたカウンターでは本場顔負けのエスプレッソ・コーヒーやカフェ・ドゥ・クレームなどが楽しめます。その場で菓子類を賞味することも出来るのです。中でも、この店内でしか楽しむ事が出来ないアイスクリームは、表現仕切れない程の逸品です。ヴァニラを基本に、河田さんのキャラメルは、絶対に外せないセレクトだと断言しておきましょう。味によってアイスクリームも固さが違うこだわりからも実力が窺えます。

Obonkasi 1981年に開店してから、ずっとこの場所でフランスの伝統の味をかたくなに守り続けています。

【次々に現れては消えてゆく新製品。そればかりに目を向けすぎていると、菓子の持つ本質を見失ってしまうのではないだろうか。このような情報過多な時代だからこそ、原点に立ち返ることが大切なのではないでしょうか。そんな言葉をお菓子に対する愛情で表現した菓子がここにはある。】

食べれば食べるほどに、その魅力に惹かれてしまう“本物”の力と輝きが河田さんの菓子なのです。

最近、たくさんのスイーツ職人がクローズアップされる中、多くの食べ歩きの末にやはりここに戻って来てしまう。

キャラメルもアンリ・ルルーに負けない深みで大好き。オレンジキャラメルがお薦めです。チョコもいいですよねこれが。いやいや伝統の焼き菓子も捨て難い・・・と、散歩途中に毎回家族で楽しく寄ってしまいます。

この店の修業歴を持つ多くのスターパティシエが活躍しています。

今でも、フランスから来日したパティシエたちが河田詣でするのもその正確な仕事を尊敬しての事ですね。

ぜひ、ご賞味あれ。

近所なのでお越しの際は、声をかけて下さい。ご一緒します。

そうだ、フジーニと歩く東京グルメマップという企画はどうでしょう?今度やろうかな。

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2008年1月 9日 (水)

食の原点

私は魚介類が大好きなのですが、原点はやはり港町で生まれたということだと思います。
家の前の道を挟んですぐ海という環境で、幼少の頃、漁師さんの知り合いに毎日その日のお勧めの魚を届けてもらっていたという話を聞かされています。離乳食から魚をほぐした身であったとも。瀬戸内海でしたから、白身の魚が多かったですね。

少年時代は、学校から帰るとすぐに竹竿(当時150円)を持って、釣具屋さんで数十円程度のエサを買い海に向かってました。夕方3時間程度でも平均で4~5匹は釣れて、アイナメ(地元ではアブラメ)、カレイ類、舌ビラメ(地元ではゲタ)、たこ、たまに鯛なども釣れました。引き潮の時は、習字の筆を持って海岸をウロウロ・・・小さな穴が開いているんですが、そこに筆先を突っ込むとシャコが筆先を挟んで上がって来ます。冬になると、学校帰りに魚屋さんで鰤の頭をタダでもらい、堤防のある海岸へ!鰤の目の部分に針金を通し、岩と岩の隙間にそっと沈めると、今度はワタリ蟹(地元ではザガミ)が釣れました。最高で20杯も釣った事があります。何度も岩場や海に落ちて救助されましたが、懲りた事はありません。家へ帰る道すがら、知り合いの家へ蟹を配って歩いたものです。
お正月の雑煮でも、我が家では自給自足の精神を発揮します。予め釣っておいたハゼを素焼きにしておいて干しておき、雑煮の出汁に使うのです。後年は面倒になり、鰹出汁となってしまいましたが・・・。またいつか、ハゼ出汁の雑煮を食べたいものです。

青年期を迎えいつしか肉食になっていた時期があるのですが、東京に出た18歳の時に一人暮らしとなり、なかなか魚が食べられない環境に、何か寂しさを感じました。「魚がこんなにも自分の食生活に馴染んでいたのだと実感しました。」働くようになって、鮨屋などにも行けるようになった頃、出て来た白身魚が何であるかを見分けられる事に驚かれて、はじめて海育ちの良い面を感じたりもしました。お金では買えない、経験という財産を授かったのだと感謝の気持ちを抱きます。

仕事として、イタリアに住む事になった時もMISANOという町に住んだのですが、アドリア海が目の前のアパート暮らしで、歩いてすぐの港のレストランに通いつめました。甲殻類大好き、自称「エビラー」としては、スカンピ!スカンピ!スカンピ!というほど食べましたね(笑)。立派なシャコも出てきて懐かしいやら嬉しいやらで、少年時代を彷彿とさせるマリンライフ(ものは言いようでしょ?)を楽しむ事が出来てホームシックにかかる事は全くありませんでした。

懐かしい思い出です。

岡山は、「くだもの王国」といわれていますが、小学校低学年の頃は、学校帰りに近所の枇杷の木に登り、ランドセルいっぱいのビワを持ち帰った(勝手に)ものです。その他、ザクロやサクランボ、梨なども獲り放題(勝手に!)。

のどかな時代でした。

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2008年1月 5日 (土)

溢れる情報の波を泳ぐ

ここ数年、食関連情報が溢れています。TV、ラジオのみならず専門書から雑誌の特集記事、インターネットなどなど・・・あまりにも多くの媒体に記事が載るので、頭がついていかない状態です。
それでも、好奇心が足繁く本屋に向かわせ、新聞欄から食に関わる番組をチェックしてはVTRで保存。美味しい店があると言われれば、西へ東へ。しかしながら、拘りと心を満たしてくれた情報は100の内1つあればいい方というのが現実だと割り切っています。
著名な料理評論家が薦める料理店で、何度も失望を味わい、意外な無名の店が素晴らしく美味しくてサービスも心地良かったり・・・人間が人間のする仕事や作り出す料理を評価する事の難しさを実感します。

美味しかった、楽しかった、快適だったと感じる条件が人それぞれ違うのと、体調や環境(レストランに行った目的や同席のメンバーとの関係)などによっても大きく左右されるであろう判断の基準。
作り手とて体調もあるし、食材にもコンディションがある。肉や魚でも、部位によって味が違うのですから一度だけでの評価はかなり難しいと言えるでしょう。

それでも新しい情報が出る度にその情報をチェックし、気になるものは実際に体験しよう!と思います。それは素晴らしい料理との出会いの感動が何にも勝る喜びに他ならないからです。作り手の拘りを皿に表現し、心を震わしてくれた料理を作ってくれた料理人には感激と感謝を伝いたい気持ちになります。日本では、なかなか料理を作ってくれた方と直接話す機会はありませんね。私は、出来るだけお皿に意思表示を残しておこうと考えています。
素晴らしく美味しい時は、ソースまで残さず食べる、今ひとつの場合は少し残す・・・など。
以前、レストランで好みが合わず、少しだけ残した事があるのですが、その皿を見たスタッフは笑顔で「お好きではない食材でしたか?」と聞いてくれました。「塩気が少し僕には強かったです。」と正直に応えました。後日、訪れた時に味は好みにピッタリ修正されていました。
驚いて、素直に「今日は好みにピッタリで素晴らしく美味しいです」とサービススタッフに伝えました。帰り際に、シェフが出て来てくれてそっと教えてくれたのは、「前回は、僕が連れていたお客さんがワインを飲んでいて、その方を僕が招待した情報を予約の段階で理解していたので、お客様を第一に味付けをしたのだと。僕は、車だったので水を飲み、基本的に強い塩気が好みではないという情報がなかったので、残した時にお伺いさせて頂きました。」と。そして、「今回は、頂いた情報から味の好みに合う調理を心掛けさせて頂きました。」と話してくれたのです。そこまで、お客側の事を考えて料理を作るシェフ、そしてそれを支えるサービススタッフに感謝の気持ちでいっぱいになりました。正にホスピタリティの精神ではないでしょうか。そして、一度だけの訪問だったら気付けなかった事がニ度目の訪問で素晴らしい体験となったのですから、この経験はお金にはかえられません。

食べることを愉しむには、一方的にサービスを待つのではなく、予約の段階から情報を伝える努力を行えば、更に満足度の高い時間が過ごせるのではないでしょうか。
それ以来、予約時には人数、メンバーの好み、体調、誰が主役、連れて行く人の好き嫌いを伝え・・・お勧めの食材、調理法などを聞くようになりました。

もちろん、全てのお店に通用する話ではありませんが、そうしたやり取りで満足出来る「大好きなレストラン」を見つける楽しみもまた、食関連の情報の一部です。

自分の好みの店を見つける方法に、絶対はありません。それぞれが情報を整理して、感性を駆使して判断し体験するしかありません。
言えるのは、店側も客側もお互いが敬意をもって接すること、そして、感謝の気持ちが何より大切だと思います。

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