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2008年1月 9日 (水)

食の原点

私は魚介類が大好きなのですが、原点はやはり港町で生まれたということだと思います。
家の前の道を挟んですぐ海という環境で、幼少の頃、漁師さんの知り合いに毎日その日のお勧めの魚を届けてもらっていたという話を聞かされています。離乳食から魚をほぐした身であったとも。瀬戸内海でしたから、白身の魚が多かったですね。

少年時代は、学校から帰るとすぐに竹竿(当時150円)を持って、釣具屋さんで数十円程度のエサを買い海に向かってました。夕方3時間程度でも平均で4~5匹は釣れて、アイナメ(地元ではアブラメ)、カレイ類、舌ビラメ(地元ではゲタ)、たこ、たまに鯛なども釣れました。引き潮の時は、習字の筆を持って海岸をウロウロ・・・小さな穴が開いているんですが、そこに筆先を突っ込むとシャコが筆先を挟んで上がって来ます。冬になると、学校帰りに魚屋さんで鰤の頭をタダでもらい、堤防のある海岸へ!鰤の目の部分に針金を通し、岩と岩の隙間にそっと沈めると、今度はワタリ蟹(地元ではザガミ)が釣れました。最高で20杯も釣った事があります。何度も岩場や海に落ちて救助されましたが、懲りた事はありません。家へ帰る道すがら、知り合いの家へ蟹を配って歩いたものです。
お正月の雑煮でも、我が家では自給自足の精神を発揮します。予め釣っておいたハゼを素焼きにしておいて干しておき、雑煮の出汁に使うのです。後年は面倒になり、鰹出汁となってしまいましたが・・・。またいつか、ハゼ出汁の雑煮を食べたいものです。

青年期を迎えいつしか肉食になっていた時期があるのですが、東京に出た18歳の時に一人暮らしとなり、なかなか魚が食べられない環境に、何か寂しさを感じました。「魚がこんなにも自分の食生活に馴染んでいたのだと実感しました。」働くようになって、鮨屋などにも行けるようになった頃、出て来た白身魚が何であるかを見分けられる事に驚かれて、はじめて海育ちの良い面を感じたりもしました。お金では買えない、経験という財産を授かったのだと感謝の気持ちを抱きます。

仕事として、イタリアに住む事になった時もMISANOという町に住んだのですが、アドリア海が目の前のアパート暮らしで、歩いてすぐの港のレストランに通いつめました。甲殻類大好き、自称「エビラー」としては、スカンピ!スカンピ!スカンピ!というほど食べましたね(笑)。立派なシャコも出てきて懐かしいやら嬉しいやらで、少年時代を彷彿とさせるマリンライフ(ものは言いようでしょ?)を楽しむ事が出来てホームシックにかかる事は全くありませんでした。

懐かしい思い出です。

岡山は、「くだもの王国」といわれていますが、小学校低学年の頃は、学校帰りに近所の枇杷の木に登り、ランドセルいっぱいのビワを持ち帰った(勝手に)ものです。その他、ザクロやサクランボ、梨なども獲り放題(勝手に!)。

のどかな時代でした。

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