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2008年2月19日 (火)

プライドの真贋

人は誰でもプライドを持っている。
 ただ、「この人はどんなプライドを持っているか」ということは、なかなか判らない。
実際に人は、とんでもないことにプライドを持っていることがあるからだ。
よく「逆鱗に触れる」という。何気ない一言で突然相手が怒り出し、理由も分からずに仲たがいしてしまう。こういうときは相手のプライドを傷つけたのだ。
プライド問題の厄介なところは、コンプレックスと表裏一体になっていることだ。一流と呼ばれる組織に守られている内は良いが、個人ベースでの周辺には、コンプレックスがまとわりついている場合が多い。だからプライドをくすぐっているうちは良いが、ちょっと的を外してコンプレックスを刺激すると、ビックリするような過剰反応を示したりする。人間関係のトラブルの多くは、プライド及びその周辺にあるコンプレックスに関係しているといっても過言ではない。
 高級ブランドの宗家でありながら、一族のゴタゴタで没落したのがグッチ家である。今ではグッチのブランドは転売されてしまい、グッチ家の人間は「グッチ」を名乗れない状況に置かれている。グッチ家のプライドは粉々にされてしまったわけだが、こういう時こそ、人間としてのプライドの真贋が問われる。その人のプライドが本物が偽者か。どの程度のものなのか?それは、プライドが危機にある時にこそ、はっきりと現れる。
 グッチ家が没落してから、グッチ家の当主に会って「商談をする」という貴重な体験をした人がいる。作家の山本一力さんだ。航空会社系列の会社で嘱託をしていた山本さんはビジネスマンとして、グッチの当主に会ったのだ。
 
 その時の様子を新聞のコラムに書いているのを読んで、本物のプライドを持った人間がどういうものかを教えられた。彼は、グッチ家の当主ロベルト・グッチ氏を次のように表現していた。
 『「これからは新しいブランドの商品開発を行い、市場でグッチを打ち負かします」。ドイツの名優クルト・ユルゲンスを思わせる厳格さと気高さとが重なり合った風貌のグッチ氏は、気負いのない口調で言い切った』(「朝日新聞」2006年6.27付)
会った場所は、東京・天王洲。そこまで来るのにグッチ氏は、浜松町からモノレールに乗って来たそうだ。また、いでたちも暑い最中、長袖のシャツにグッチ家の紋章が織り込まれたネクタイをビシっと締めていたという。その行動、立ち振る舞いの腰の低さに感心する。あのグッチ家の当主がです。
 本物のプライドは、決してすぐ人に解かるものではない。一見すると、普通と変わらないような態度や物腰、言葉、そして行動をとるのだ。

 プライドを鼻にかけるような人間とか、すぐにそれが匂ってくるような人間のプライドなどたかが知れている。そういうものをめったに出さない人間こそが、本物のプライドの持ち主なのである。それを察知するには、自分が礼を持って接するしか方法はない。

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