雨に想ふ
父が子供の頃、雨の日には結構、唐傘を差す人が多かったそうだ。子供用の唐傘は小振りで可愛いかったが壊れやすかったし、油紙の部分が破れて見すぼらしくなるという。傘が壊れると、「蔵からもっておいで」と言われ、蔵の壁際には真新しい屋号入りの番傘、婦人用の蛇の目傘、子供用の唐傘が整然と並び吊され、蔵窓からの仄かな明かりに鈍い光を放ち、それは見事なアートの世界だったと懐かしそうに語る。
ずんぐりした番傘の横に、蛇の目傘はほっそりと華奢に並んでいたが、父は、早く大人になってこの傘を差したかったという。和服用の雨コートを着た祖母が、畳まれているときは漆黒のその傘を開いた途端、真っ赤な二重丸の蛇の目が雨を遮る。この瞬間の美しさに憧れたものだそうだ。日常の中でさえ、こんな粋な演出を生んだ日本の職人芸に感服する。
子供用の唐傘が一本だけになると、父の兄か父のどちらかが大きな番傘をさして学校に行かなければならない。だから、朝雨の音を聞くと、競争をして早く起き、ご飯もそこそこに傘の取り合いになったそうである。
日本人は竹と和紙を使用した色々な民具を育ててきました。扇子・団扇・堤燈そして和傘。どれも竹の骨組みと和紙の融合により作り出される優美な民具ばかりです。こ れのルーツはどれも中国なのでしょうが、ごく自然に日本的美意識による改良が繰り返された結果、原産地の品々とはひと味ちがう姿に成長したのだと思われます。
和傘のことをから傘(唐傘)と呼ぶ人もあります。唐傘は中国の傘の意でなく、開け閉めが自由にできるカラクリ細工の傘の略称だとも言われます。平安絵巻に見られる 傘(蓋)は貴人に差しかける、開いたままの傘で閉じることが出来なかったのですが、それが進化して現在の複雑な構造が出来あがったもので、往時の人々が(カラクリ)と思ったのも不思議ではありません。
現存する竹製品の内、和傘の骨組みのように複雑なものは他に見出すことは出来ません。その仕組みだけでなく、傘を閉じた時の美しさを追求し続けた先人の努力には頭 が下がります。洋傘と比べて骨の数が数倍もあり、そのうえ張った紙を内側に畳み込むのです。そして閉じた傘の形を最初に割った竹の姿に戻すように細心の注意を払います。できあがった傘は竹林の中に育っている真竹のように滑らかで、気品のある姿が理想とされてきました。
日本人が世界に誇る民族文化ですね。
「唐傘をさすと、雨がパラパラと音を奏でる。この音が待ち遠しくて仕方なかった。」という言葉がすごく印象に残っています。
寒くて鬱陶しいというイメージの雨を情緒と捉える昔の人々の感性を大切に継承したいと思う朝でした。
そうだ、和傘を買って、雨の日を愉しんでみようかな。
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