食事に表れる“その人の魅力”
僕は食べる事が好きだ。
決して美食家というわけではなく、食を楽しむ雑食家と言った方が良いかもしれない。
おいしいものなら何でも食べる。
手帳をめくると、そんな僕の食への探究心があらゆる表現で綴られている。
人に聞いたり、本で得たり、様々な情報と自分で探し当てたお気に入りの“おいしい店や情報”はずいぶんな量になった・・・
同時にそれは、関わった人との思い出の場所や時間の記録でもある。
「一緒に来たよね」「それ、私じゃない」
そんな会話を何十回と繰り返したことか。
決して記憶力が良いとはいえないが。それを、一緒に食べた誰かのことを鮮明に思い出すことがある。
食べる時間と人と人との交流は密接な関係にあるらしい。
人の価値観や、知識・教養・マナー、レストランの在り方、料理・サービス、一緒に食べる人との関係性などなど様々な要因が「おいしい」という判断に大きく係わっている。おいしいという判断は、舌だけで感じているものではない。五感で感じ、今までの経験と照らし合わせて情報を処理し、加えられた情報を総合的に脳で判断しているのだ。だから半分は感情で、言い換えれば脳で食べているともいえる。
食べるということは生きること。食べることで、命を繋ぐのだから尊敬と感謝をちゃんと持っていたい。
「いただきます」とは、「命」を頂きますなのだ。
本来は、走り回るという意味の「馳走」は、客人のために走り回って食材を用意して、もてなすという意味となった。感謝の意味で「御」と「様」をつけて「ご馳走様(ごちそうさま)」という食後の挨拶語が江戸時代後期に生まれた。
時にはレストランにおいて、その人の立ち振舞いにおいて、その人の人間性や恋愛感などまでも分析することも出来る。
かの稀代の美食家であるブリア・サバランは、「君の食するところを言いたまえ、君がどんな人物かを言い当てよう。」という名言を残している。
誰かを食事に誘うということは、「その人と一緒にいる間、『その人の幸福』を引き受ける」ことでもある。
食べるということを、より幸せな時間にしてもらいたい。
そんな幸せをお手伝い出来たら・・・
それが私たちフードアナリストの使命なのです。
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