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2008年4月22日 (火)

遠ざかる焼き魚

専門店や精進料理を除いて、伝統ある日本料理屋や家庭料理には昭和の戦前までは炒め物や揚げ物は、ほとんど無かったそうだ。これらの料理が家庭で多くなるのは昭和33年以降の事である。

その理由は、台所が光り輝くステンレスになり、換気扇が付くようになったからである。都会では鉄筋コンクリート造りの集合住宅が出来た。今風にいえば小型マンションのようなものだったといいます。

Photo この頃を境にして日本の家庭料理に炒め物や揚げ物といった油物が増えてくる。魚を焼く煙や、炒め物、揚げ物の油煙が換気扇を通して屋外へと排気される。屋根の上で恋をする猫がこの煙に邪魔される。と、「サザエさん」にも、そんな情景が描かれてましたっけ。

日本の家庭料理は、油脂を多用しないことが伝統であったが、油脂中心へと移行をはじめ、現在に至っている。にぎり鮨のネタで鮪の赤身と、トロの値段の格差が大きく開いてきたのもこの頃らしい。元々は、トロの方が安かったのだ。日本人が油脂の味に慣れ親しんだ結果でもある。食べるという文化は、学習により味覚の幅が広がり、且つ慣れが文化を生み出すという一例でもある。

食べ事の文化の変容はいいことだけではない。油脂を使って料理を作ると、器もキッチンも油脂で汚れる。きれいにするために洗剤が登場した。その汚水が下水となり、下水道を通じて川へ流され、海に辿り着く。そして、河川と海が汚染された。これに工場排水なども輪をかけ、イタイイタイ病や水俣病といった痛々しい事件が生じてしまった。だが、河川が汚れる一番の原因は家庭排水であるという。絶対量が多いからだ。

鉄筋コンクリート、ガラスという今の密閉型マンションでは、魚を焼くと、その臭いが残り、衣類に吸着してなかなか消えないという。また、ダクトを通じて臭いが漂うため隣近所から苦情がくるという。
そんな事で焼き魚が遠ざかっていった。
焼くものから買うものになってしまった。

先日、年配の紳士と話していての昭和回想録、環境の変化で食べ物の文化が変容してしまうのは寂しいというお話。

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