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2010年8月

2010年8月15日 (日)

日本の原風景のある、食材の理想郷“山形”に学ぶ③

今回の事業には、東京のシェフたちを山形にお連れして生産の現場を見てもらい、生産者たちと地元の料理人や関係者たちとの交流を図るというミッションが与えられていた。そこでフランス料理界の重鎮プティ・ポワンの北岡尚信オーナーシェフに相談し、快く山形のためにと同行を承諾して頂いた。銀座・美しょうの小俣尚巳オーナーも参加下さった。さて、いよいよ生産者を訪ね、視察が始まる。

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迎えてくれた山形県の行政側の皆様と共にバスで移動。その中に山形大学で農学部生物生産学科フルーツサイエンス(くだもの学)で教鞭を取る平 智教授にお目にかかれた。以前より奥田シェフから山形大学との深い信頼関係と学びの関係を聞いていたので、良い機会を与えて頂けたと興奮。脳生産物の在来種などについても大変興味深い話を伺うことが出来て、これは1度ではもったいないし、中途半端な学びでは済まされないという思いを強くする。食に関わる専門家として通い詰めて学び・知り・伝承する責任を果たすべく、今後も山形との関わりは一層深まりそうだ。

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ツアーの内容は・・・

1日目【庄内地方】

産地1  9:00 9:40 だだちゃ豆

産地2 10:2011:00 民田なす 

昼食&懇談会 12:3014:00「鵜渡幸」

産地3 14:1014:50   いちご

産地4 16:0016:40   パプリカ

赤川花火大会

2日目【置賜地方】

産地5 10:2011:00 おかひじき

産地6 11:2012:00 ぶどう(ワイナリー)

昼食&懇談会 12:1014:30  いきかえりの宿「瀧波」

産地7 15:0015:40 薄皮丸なす 

産地8 16:2017:00 うこぎ新鞘

それにしても山形の夏は予想以上に暑かった。現地で感じたことは、昼夜の寒暖の差が激しいこと、そして四季がはっきりと移ろうこと、山々と川から海の環境が近しくも見事に共存しているなど“生きる”ために逞しく育とうとする力を支える生産者の方々が居る。人々が優しく、そして正直。そんな人柄は、作物に反映されるものである。今回多くの人々と関わったが、皆さん山形人気質を人懐っこく表してくれてとても癒された。

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 生産者の努力や苦労の奥底にあったもの、それは郷土を愛する気持ちなのだと実感。特に印象深かったのは、鶴岡市民田の在来野菜「民田なす」を作る生産者の話だ。実は「なすがアレルギーで食べれません。」という。「なぜ?なす作りを始めたのか?」という問いかけに対して、「私が継承しなくては、この土地で生まれたこの野菜が途絶えてしまうから。」と、笑顔でしみじみ答えてくれた。感動などという簡単な言葉では表せない尊敬の気持ちとその直向きな姿勢と心に“感謝”という気持ちで一杯になった。実際に訪ねた生産の現場では、一方ならぬ苦労や工夫、大変な労力を目の当りにした。炎天下から凍える気候まで、自然と向き合い大切に育む命の種を、もっと深く理解して買い支える(応援する)必要性を強く感じる。

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 参加してくれた北岡シェフを初めとするプロフェッショナルたちも口を揃えて、この視察で得た大切な生産者たちの想いを作る料理に反映させたいという。こうして大切に作られたものたちが、こうした交流事業を通じて日本の食文化の発展へのきっかけになるように、そしてこの運動が日本の元気に結びつくように消費者へ正しい情報を発信していこうと思う。

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もちろん視察では、良い部分だけでなく改善点などもたくさん見つかった。地元が提唱する食べ方だけでは、若い世代では食べにくい伝統の食材もあり、調理の工夫でもっとたくさんの若者たちに在来種の野菜などを食べてもらえるだろう余地はたくさんあると感じます。観光客の視点で見ると、地元で当たり前過ぎて見過ごしている自然や環境、物やおもてなしや料理方法など、まだ大きな可能性を感じます。人を喜ばせるには、自分も楽しめること。そして、私の立場で提唱したいのは、生産者たちが愛情込めて作った農作物を超一流の料理人がどのようにお皿に仕立てるのか?そして、その味を実際に体験して欲しい。その体験が、また生産の工夫やヒントにも繋がると思います。作り手と食べ手を笑顔で結ぶ架け橋として、今後も双方向でのコミュニケーションの中心として応援していきます。

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「食」ツーリズムやまがた創造事業の第2回目が10月に開催される。また参加させて頂ける光栄を授かる。もちろん、山形についての勉強を続けて、実際に訪ねる次期に今回の学びと次回の視察で得られる様々な体験を日本の食文化の発展と山形発の交流事業としての価値と意義を多くのメディアや人々へ伝ます。

山形とご縁を頂けたことを本当に嬉しく思い、今後も通い続ける時間を大切に楽しんで全国にも情報発信したいと思います。

今後も個別の食材や生産者、観光などの観点から様々なレポートをお届けします。

 

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2010年8月14日 (土)

日本の原風景のある、食材の理想郷“山形”に学ぶ②

アルケッチャーノの奥田シェフ発案の元、山形県から発信する日本を元気にしたいという創造事業が立ち上げられた。

「食」ツーリズムやまがた創造事業と銘打ったこの取り組みは、行政、学者、生産者や料理人、そして食に携わるあらゆる人々が交流を深め、地元の活性化や在来種の保護など、未来に食文化という財産を残すことを目的とし、その素晴らしい山形の環境から作られる自然の恵みを広く全国に、世界に知ってもらおうという初の取り組みでもある。

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世界的な不況という状況で、食材を買う際の消費者の選択基準に価格が重要視されるようになった。確かに価格が安いに越した事はないが、それが全てだろうか?本当の価値とは、安全・安心が伴ってこそ、である。ただ安さを追求してしまう先にあるのは、生産者の生活を追い込んでしまう結果を招き、大量の生産物を長期間腐らせる事ができないなどと言う二律背反な事象を引き起こしてしまう。これは、日本人女性が24年間ずっと世界一の寿命を誇るとメディアは報道するが、本質は伝えきれていない。確かに寿命は世界一でも、食生活の変化で高カロリーを摂取しながらの長寿には、先進医療の発達が大きく関わっている。自分の歯で噛んで、自分の健康な膝で元気に階段を昇り、笑顔で食事を楽しむ・・・といった健康寿命という観点からは離れているのが現実なのだ。「身土不二」、つまり自分が生まれた環境の食べ物を摂取することが、その人の身体に一番良いという教えを忘れ、フードマイレージの高い輸入食材を頼り、安全や安心を犠牲に価格の安さにのみ走った結果として損なわれるものは決して小さくない。私たちは、地球の健康を頂いていると言っても過言ではない。口にしたものが、栄養として身体を作る。細胞の生まれ変わりは、食べた物の健康、つまり安全性と密接に関わりあっている。

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 そうした正しい食材を作るには大変な手間隙がかかる。そうした努力に対して、消費者が正しく知識を持ち、「買い叩くのではなく、買い支える」という意識が大切なのではないか。安全・安心には全体の利益を考える生産者たちの努力に加え、それを評価し応援する料理人や専門家たちの応援、何より行政の深い理解と支援がないと実現しない。だからこそ、消費者側の理解も必要なのである。

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 食材を提供する作り手(生産者、流通、料理人、サービスマン等)と食べ手(一般消費者)を笑顔で結ぶ架け橋として、情報を分析して分かりやすく解説し正しい選択が出来るようにする役割を私の立場は担っている。食・食文化に携わる人々が社会的に信頼され地位の向上に向かわなくては日本の未来に陰を落とす結果となってしまう。ヨーロッパ生活で学んだ食文化のあり方は、各国の食料自給率に表れている。

 美食の先進国として名を馳せる日本という部分がクローズアップされて、世界中の食べ物が連日メディアでも紹介されていたりする。しかし、そうした派手な表面だけでなく、日常の食生活の大切さを足元から見つめ直し、先人の教えや伝えられる工夫や知恵を継承することを真剣に考える時期が来ていると強く感じている。

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未来を見据えた取り組みの視察が始まる。

つづく・・・

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2010年8月12日 (木)

日本の原風景のある、食材の理想郷“山形”に学ぶ①

山形を拠点に日本のみならず世界でも活躍する「アルケッチャーノ」の奥田政行オーナーシェフとの出逢いから物語が静かに始まった。初めて奥田ワールドに触れた時、世の中に数多ある調理方法の中で、究極的にシンプルで且つ大胆な料理を作る印象を持った。その後、幾度と無く話をする機会を得てその背景に山形県の自然環境から作られた生態系が生む自然の恵みの力の大きさを知る。お互いに共鳴出来る作り手と食べ手の関係が深まり、私の温めていた企画「1日限りの夢のレストラン」を銀座で開催する。超一流の都会「銀座」と超一流の大自然を持つ「山形」とのコラボレーション食事会である。

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奥田シェフが山形県産の食材を銀座に持ち込みライブで料理を作る。その背景や調理について私は食べ手のプロフェッショナルという立場からライブで解説をしながら食事を楽しんでもらった。昼と夜のコースを全て食べて完成される究極の“山形食材でのフルコース”。只の食材と思われたものが、口にして一生の思い出になり得る味わいとなり、“特別な食材”と評価され、“日本の宝”とまで賞賛された。日本を代表する会社のトップを初めとする食に深い造詣を持つお客様たちを唸らせたのだ。

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このイベントをきっかけに訪れた山形県の魅力は、私の中の記憶を呼び覚ます。子供の頃に海や野山を駆け抜けた風景そのものだった。そして、スローフードという言葉の発祥の地イタリアに住んでいた頃の思い出と深く折り重なった。

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銀座で食べた料理とはまた違う命の輝きを放つ鮮度の味が迎えてくれた。「ここでしか作れない味があるんです」と、奥田シェフは笑う。案内された大地や海、山々にそよ吹く風の心地良さは、人間も自然の一部なのだと改めて感じさせてくれる。空を見上げたのはどのくらい振りだっただろう・・・。私たちは地球の健康を頂いている。その大地の恵みに向かい合う生産者の皆さんにお目にかかりたい!いつかは、ここで暮らす人々と話がしてみたい。という思いを深くした。

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つづく・・・ 

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2010年8月 6日 (金)

【“三”右衛門】夢の競演

夢の競演と言ったら、誰と誰の組合せを思うだろう?

世界3大テノール。料理の鉄人。スポーツのオールスターゲーム。マイケルジョーダンとマジックジョンソン。ビヨン・ボルグとジョン・マッケンロー・・・古いか・・・

私にとって、夢のまた夢の顔合わせが実現する。フードアナリストになってこれほど心が躍る企画があっただろうか?それは、“三”右衛門の揃い踏みである。44年振りというから、一生に一度見れるかどうかという価値なのである。

現代を代表する陶芸三窯と“百段階段”の美の競演「肥前×唐津 陶磁器展」が8月6日から9月5日まで、目黒雅叙園にて開催される。http://www.megurogajoen.co.jp/event/toujiki/index.html

14代酒井田柿右衛門×14代今泉今右衛門×14代中里太郎右衛門の世界が共鳴する。

感性の交錯、伝統の足跡、400年という仕事、匠の技、土と炎の歌を聴け!五感で感じろ!

今日は、プレス発表に呼んで頂き、現代の名工にお目にかかって来た。記者会見と開会宣言としてのテープカット。内覧会に時を忘れた。

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古(いにしえ)の記憶を纏う焼き物の息吹を受け止める会場は、百段階段。伝統的な美意識を残す目黒雅叙園で現存する唯一の木造建築。東京都指定有形文化財でもある。実際は九十九階段で、百段に一段足りない。これは完璧を目指す芸術の世界で、完成されることなく美を追求する姿勢に共鳴する気がしてならない。

通常の展覧会と違うのは、会場が畳であり和室に設えてある点だろう。拝見は正座で見ることが出来る。足の裏から伝わる古木の風合い、壁画とのコラボ、空間のマジックが五感を総動員して陶芸の美に触れる機会などもう訪れることはないかもしれない。必見である。

14代太郎右衛門さんの計らいで、特別に代表作の「唐津井戸茶盌」を直接拝見させて頂ける光栄を授かった。もちろん指輪、時計を外し手で触れた。その温かい風合いと味わいが、太郎右衛門さんの人柄そのものに感じたのは偶然ではないだろう。

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14代柿右衛門さんからは、深いお話をたくさん聞いた。陶芸作家と職人の違いについてなどだ。家柄と技を継承する匠の世界では、5万個の茶わんを焼いて一人前。そこからがスタートなのだと。器用な人は続かず、不器用でゼロからの若者こそが匠の領域に辿り着く世界なのだと。人間国宝に指定されたが、それは関わる全ての職人の代表であって自分ひとりの名誉では決してない。絵付師や轆轤、焼付けたちの家系もそれぞれが代々仕事を継承している世界なのだ。道具を作る職人も減り、更にはその材料となる木材も無くなっているという。そのため自ら植樹をしているとも。仕事は地味で、単調な仕事を繰り返すことは自分との戦い。自らを律し、精神力を磨く修業に器用な人は個性を出そうとするという。ひたすらに正確な技を追求して、老年期になって「遊べばいい」と仰る。器用な人間が、個性を出したいなら作家を目指す方がいいだろうと。厳しい世界に生きる運命を受け入れる生き方にこそ芸術を見る思いです。基礎を身につけるひとつの単位が30~40年。見た目が派手で大きな作品はそう大変ではない。それより、日常で使う茶碗を作ることの難しさは一生だそう。轆轤の腕前は、茶碗を作らせればすぐに解かるのだといいます。

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「メディアでは、作家が上で職人が下と言わんばかりの評価だが、実際は逆だと考える」という言葉が深く印象に残った。

何の世界でもひとつのことを追求するのに基礎勉強は40年なのだと妙に納得。

今日は、所用で不在だった14代今右衛門さんの作品にも震える感情を覚える。“色鍋島”の品格は例え様のない美を感じます。

日本が世界に誇る陶芸品と昭和の竜宮城と讃えられた百段階段のドラマに心震わせて欲しい。

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