日記・コラム・つぶやき

2009年2月11日 (水)

ちょっと懐かしいほのぼのドーナツ

ふとした散歩の通り道で行列の出来るドーナツ屋さんに出くわした。シンプルな店のデザインに好奇心が駆られ、早速並んで見ることにした。
Haradonuts001 「はらドーナッツ」は神戸に本店がある新進のドーナツ店。「おいしく、健康で、安心して食べてもらいたい」を信条に、防腐剤・保存料は一切使用していない。国産の小麦粉などの厳選素材の他、神戸市にある昭和43年より神戸湊川で営業を続ける老舗「原とうふ店」の豆乳とおからを使い、大豆の甘味が生きる優しい味が魅力だ。

100%国産小麦、全粒粉、体に良い三温糖を使うなど、素材にはトコトンこだわっている。

Haradonuts002 ここでは、スタッフが心をこめて1つ1つ毎日丁寧に手作りしていて、その日の温度や天気を考慮して、全て店内で製造しているという。

面白いのは、てっきり「原とうふ店」がこのドーナツを生み出したのだと思ったのだが、話を聞いてみるとオーナーは違うという。独自の体に良いドーナツを作り出す過程で、原とうふ店の豆乳とおからを使用したといころ理想のドーナツが出来上がったということから、ネーミングも含めての敬意として「はらドーナッツ」という店が誕生したのだそうだ。

Haradonuts004 品質管理をした厳選素材を使う為、直営店でのみ販売とし、「原とうふ店」が作る高品質のオカラ・豆乳は毎日東京の直営店へ直送して、鮮度を保っている。安心・安全な商品を提供出来るようにフランチャイズのような様式は一切行わず、直営店のみの出店と限定するのだそうである。何とも素晴らしい考え方だろう。

どこか懐かしくて、ホッとする味。肉屋さんで揚げたてのコロッケを買って頬張った記憶が蘇るような時間。子供の頃に母が作ってくれた昔懐かしい自然な甘さのふんわりとしたドーナツの味がする。 Haradonuts003

安心で安全という自然の味にこだわるゆえ、美味しさの賞味時間は短い。プレーンな「はらドーナッツ」だけは揚げたてを買う事が出来るので、すぐに食べてみて欲しい。

お土産で買って帰ったドーナツを翌日食べたものとは断然違う揚げたての味こそがオススメといえる。

行儀は悪いが、歩きながら食べるのが一番うまいのだ。

二子玉川店
東京都世田谷区玉川3-15-12
玉川三丁目マンション102
Tel:03-5491-2082

Haradonuts005_2

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2009年1月26日 (月)

願いが叶うレストラン

この時期になるとチョコレートの話題に花が咲く。フランス中からショコラティエやパティシエが居なくなるとさえいわれるのは、東京の伊勢丹新宿店でチョコレートの祭典「サロン・デュ・ショコラ」が開催されここにスターシェフたちがやって来るためだ。

チョコレートとショコラの区別は、比較的一般に買えてカジュアルで手頃なものをチョコレート。こだわりの手作りで高級なものをショコラと呼ぶらしい。
となれば、もちろんバレンタインでの愛の告白なら“ショコラ”だろう。

さて、男性はホワイトデーでのお返しに何を選ぶ?そのセンスは女性の注目や評価を決める大切な場面だ。

せっかくこだわって選んだチョコやプレゼントなどをどのように渡しますか?こっそり、人目を避けて渡すという声を多く聞きます。

・・・それでは、何だか味気ない気がします。

そこで、さり気無いけど優しい時間をフレンドリーで適度な距離で過ごせる場所をこっそり教えます。星付きレストランでは気負いすぎ、和食だと緊張するし、鮨じゃ話が弾まない・・・。何より相手に気を使わせすぎちゃいます。
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そんな時には、「カフェ・クレープリー・ル・ブルターニュ」がお奨めです。ここは、僕にとってのラッキープレイス。店の雰囲気はブルターニュの日常って感じで、フランス人のフロアマネージャーのゲンヴェール・ドゥニさんに「ボンジュール!」って迎え入れられてたらちょっとフランス気分。気取らず、それでいて非日常のフランスの田舎な雰囲気とホスピタリティに溢れたサービスが、彼や彼女のドキドキ感を和らげてくれます。

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元々は土地がやせて冷涼な気候で小麦よりソバが栽培されていたブルターニュで生まれたガレット。ハムやチーズなどを包んで食べるそば粉のガレットと小麦でスイーツ感覚で楽しむクレープのどれをとっても特別な美味しさなのです。そう、この場面で“素晴らしく美味しい”ということが重要です!顔を見合わせ「おいしいね」って笑顔が溢れること間違いなし!

ハムとチーズのガレットと今の時期に一番美味しいという自家製の林檎のコンポートと塩キャラメルソースのかかったクレープを注文なんてどうでしょう?そば粉ならではの芳ばしい香りとチーズのコクがたまりません。苦味の中に甘さの躍るソースの奥の林檎の爽やかな酸味は、口の中で五感を刺激する最高のハーモニーを奏でるムッチリした食感がたまらないクレープ。絶品だと断言しておきましょう。

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飲み物は、リンゴから作られる発泡酒「シードル」を合わせるのが常道ですが、ノンアルコールならここのアップルアイスティーが良く合います。

この店のキャラメルもまたホワイトデーの有力候補ですよ。

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愛を告白するのか、日頃のお礼か、気になっています、なのか・・・表参道を歩く頃には、少しだけ距離が近くなっているかもしれません。

「美味しいクレープ食べに行きませんか?」から始まる物語に、HAPPYがたくさん訪れますように!

ル ブルターニュ
渋谷区神宮前3-5-4
表参道駅 A2出口より徒歩6分
電話番号:03-3478-7855
11:30-23:00 (LO)
11:30-22:00 (日・祝)
年中無休

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2008年12月10日 (水)

新しいレストラン格付け本が誕生 !

来年2009年の秋に、レストラン格付けガイドブック「アテナイオス」の出版を日本フードアナリスト協会設立3周年パーティー記者会見で発表致しました。

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 これまでのグルメ格付けガイドブックにはない、日本人でなければ評価できない料理文化、美意識までも評価軸に加え、レストラン格付けをする試みです。レストランの格付け情報のみではなく、外食・食品業界におけるニュース、統計、社会動向を掲載します。
 アテナイオス1冊で、その年の外食の動向が掴める内容となります。

 この度、レストラン格付「選定委員長を任命されました。

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 《アテナイオスの概要》
 【タイトル】  アテナイオス
 【価 格】   2,000円台後半
 【発売日】   2009年10月20日頃
 【発行部数】  50,000部予定
 【掲載店舗数】 250~300店予定
 【対象店舗】  東京都内のレストラン

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2008年12月 4日 (木)

日常の小さな楽しみ

お気に入りの散歩道、ふと立ち寄りたくなるお気に入りの店。

住宅街にひっそりと佇む小さな店「VECTOR(ベクトル)」は、そんな中のひとつだ。

何よりコーヒーが旨くて、とっておきは「アボカドチーズバーガー」である。

Photo 本物だけが持つ旨さを存分に蓄えた最高のハンバーガー。両手で掴んでカブリついて欲しい。

香り高いコーヒーと、このハンバーガーがあれば最上の時間が約束される。

テラス席でゆったり本を楽しむも良し、犬の散歩に立ち寄るも良し・・・バタバタと羽根を羽ばたかせ飛び回る日常の止まり木として欠かせないホッとする時間を過ごせる場所を持っていますか?

Vector

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2008年8月23日 (土)

北京オリンピック「光と影」

一昨日の夜、都内某所で北京オリンピックに出場した女子マラソンランナーの土佐礼子さんを見かけた。

今回の北京オリンピックでの結果は、とても残念なものであった。野口選手の不出場や様々な状況下でのプレッシャーや故障箇所を抱えてのスタートなど・・・そして痛みを抱えての激走・・・

そして、リタイア。

世間は厳しい見方をする。心無い論調やコメントも多数見られた。

3月の代表選考レースである、名古屋国際女子マラソンにおける土佐選手の激走を頭から消し去ることが出来ない。31㎞過ぎの上りで田中選手にスパートをかけられ、一時は11秒も差をつけられた。レースを見ていたほとんどの者が、土佐選手の惜敗を予想したはずだ。

世界陸上での銀メダルなど実績はあったものの、相次ぐ故障でしばらく走れない状態が続いていた。名古屋国際女子マラソンは実に1年11カ月ぶりのレースだった。

マスコミも当日までこの名古屋国際のレースを、ほとんど消化レースに近い扱いをしていた。そして見ている人々もそう考えていた感は否めない。内定済みの野口みずき選手、大阪で他の有力選手を抑えて優勝した坂本直子選手、そして、東京国際女子マラソンで本来の力を出し切れなかったものの誰もがその力を認める高橋尚子選手の3人でほぼ決定という空気が漂っていた。

「諦めてたまるか!」と、鈴木監督の気持ちは土佐選手を奮い立たせる。

同じ気持ちでレースに臨んでいた土佐選手は37㎞過ぎに田中選手と並んだ。テレビの音声が土佐のもがき苦しむ声を捉えると、それはゴールまで続いた。

苦しみに苦しんで、もがきにもがいて代表の座を自らの頑張りで勝ち獲ったのだ。

そんなシーンを忘れない。苦しみをたくさん乗り越えた人生の縮図。

足を引きずりながらも友だちと買い物をしていた土佐選手。周囲にはひそひそと冷たい視線もあった。心無い小声も聞こえた。車椅子の女性が土佐選手に握手を求め、涙ぐんで話しかける。笑顔で握手を返し、丁寧に話をしているその姿に、「お疲れ様とありがとう」という言葉しか浮かばない。

人の何倍も苦しい思いを乗り越えたオリンピック出場選手たち。

頑張った結果としてリタイアだった。しかし、土佐選手の頑張った姿勢の価値が何ら下がるものではないと思う。

輝いた夏の一瞬を人々は忘れ去ってしまうだろう。しかし、僕は笑顔で握手する土佐選手のその姿を忘れない。車椅子の女性の涙こそ、彼女が与えた真実の感動だから。

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2008年8月 7日 (木)

待望のLADUREE(ラデュレ)上陸も・・・

世界中のファンを魅了して止まないLADUREE(ラデュレ)がついに日本に上陸した。

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創業1862年。サロンド・テ文化を世界に広めたシンボルでもあり、伝統を守りつつも進化を続けながらTOPブランドの地位を揺ぎないものとして君臨する名門だ。かのピエール・エルメが独立する前に働いていた事でも有名である。現在は、オートクチュール同様に「春夏」、「秋冬」のシーズン毎に新作を発表するなど、毎月のマカロンボックスの開発なども注目を集めている。

過去には、何度も日本進出の噂があったが、なかなか実現せず、「フランスの“アール・ド・ヴィィーブル”(生活芸術)を世界に伝えるべく海外展開を図る予定だが、ラデュレのエスプリを伝えられると確信出来ないと出店はしない。絶対に妥協はしない。また、そのための努力も惜しまない。」とダヴィッド・オルデー社長は語っていたことを思い出し、いつかそのエスプリの上陸を心待ちにしていた。

今年最大級のニュースとして日本でのオープンを受け止めて、早速行ってみたのだが・・・

さすがに話題のパティスリーだけあって入場制限でありました。サロンド・テの利用、商品の購入共にそれぞれ1時間以上の行列に並ばなくてはならない・・・オープン直後は数時間待ちであったとか。

それでも、折角なので歴史の1ページに触れてみようと、それぞれ並んでみました。

サロンド・テでは、お茶とスイーツだけでなく食事も出来ます。訪ねたのが3時頃だったこともあり、このパティスリーの良さを満喫出来るアフタヌーンティー(2名7000円から)をオーダー。内装は、本場パリのバナパルト店を手掛けたインテリアデザイナーに依頼だそうで、ルイ16世風の格式を表現しつつもモダンでエレガンスな空間に仕上がっています。エレガンスな時間を堪能しようとメニューを見る時は、期待でワクワクでした。

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運ばれて来たアフタヌーンティーに、「?」。頼んだサンドイッチとは違うものとなっています。折角なので、3種類あるサンドイッチを全種頼んだのです。取り替えて頂き、マカロンを食べたらこれまた違うものが来ていました。4種類の中で2種類がオーダーとは違うもの・・・マカロンはサンドイッチとは違って食べてみないと判らない種類もありますから外見で間違いは指摘出来ません。しかし、口にしてしまったのでこれは仕方ない・・・。

サンドイッチを口にしてビックリ!何とガチガチに凍っているではありませんか。まさかの思いで全てを確認すると4つ全てが冷凍された状態の固いサンドイッチです。店のスタッフにその旨を伝えるも「すみません」というのみ。壁一枚隔てたバックヤードで「○○さん、お客さんから苦情言われました~」という声が聞こえる始末。

オープンして間もないとはいえ、コーヒーは温(ぬる)いなど改善点だらけの惨劇。う~~~~~ん、残念。

パリで行ったラデュレとは全く違うもの、場所でした。

世界でTOPクラスのスイーツメゾンが、ホスピタリティに欠けたサービスでは、名門の名が廃ります。

最も好きで、期待しているラデュレ様、どうか改善してパリのエスプリ溢れる本物を私たちに体験させて下さい。日本全国、多くの人たちがわざわざやって来ます。その素晴らしい伝統、味、サービスを日本中のファンは期待しています。

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2008年7月18日 (金)

クイズ番組の裏側

皆さん、クイズ番組はお好きですか?

僕は好きです、見る分には・・・

実は、情報番組やバラエティー、クイズ番組などでも食の問題がたくさん出題されます。食の専門家として多くの番組の監修を手掛けていますが、これがまた大変なのです。

「へ~」って唸ったり、なるほど!と驚いてもらう裏側には、夜通し文献とにらめっこしたり、様々な情報機関への問合せをしたり、時には海外へ裏付けをとるために連絡したりと1問に数日を費やすなんてザラなんです。

世の中のなぜ?語源は?意外な誕生物語、食の薀蓄などなどをあらゆる角度から検証して、解答を解説するなどという役目も請け負います。よくある専門化に聞いてみました。というやつです。

たった数十秒の解説場面に、どれほどの大変が潜んでいるか?

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実は今朝、専門家の家で本に囲まれた映像をインタビューシーンで収録したいという要望に応えたのです。さぁ、夜通し片付け&掃除しなくちゃです。日頃からきれいにしていればいいだけの話ではありますが・・・

そりゃもう大騒ぎで夜中に掃除機はブンブン、猫は走り回る、山積みの本は崩れる・・・泣けます。食の研究家で専門家の日頃の姿は、実は地味なものです。こうした、ドタバタの先にすました顔して、専門家は解説などしているのです。夜中は、Tシャツに短パンでしたが、カメラの前ではスーツにネクタイです(笑)。

こうして、表舞台では気取っているのです。

@nifty厳選レストランで、私がエスコートした食事イベント企画の記事が掲載されました。http://restaurant.nifty.com/

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ここでも余所行きの姿ですが・・・

良かったらご覧下さい。http://restaurant.nifty.com/cs/feature2/detail/080711961710/1.htm

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2008年7月10日 (木)

HAL YAMASHITA」山下シェフとの出逢い

最近、たくさんの料理人たちと話をさせて頂ける機会が増えた。

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最近では、Les Rendez-vous culinaires japonais “レ・ランデヴー・キュリネール・ジャポネ”京都三大名店×ベージュ アラン・デュカス 東京 ~日仏交流150周年を記念して~という食事会が開かれた。
「ベージュ アラン・デュカス 東京」にて京都の老舗日本料理店3店との饗宴を開催。「瓢亭」「美山荘」「京都吉兆」がつくるフランス食材の料理と、「ベージュ アラン・デュカス 東京」のフランス人シェフ・ジェローム・ラクレソニエール氏による日本食材の料理の融合に挑戦するという内容で、第1回目が瓢亭」高橋義弘氏とのコラボレーションだった。※詳しくは6月19日付コラムをご覧下さい

その食事会の隣席でご一緒させて頂いたのが、その名を世界に轟かせて活躍するHAL YAMASHITAのエグゼクティブシェフである山下春幸氏でした。<br>レストランでは、料理を通じてしかメッセージを感じ取る事が出来ないが、同じテーブルを囲み食事をするという場での会話は、また違った印象でその人が見えるものです。常々、料理はその人の価値観や人生観などを表現するものだと感じていますが、まさにハルさんはその料理の名声に違わぬ素晴らしい人物でありました。厨房とは違う、パリッとしたスーツを着こなし、スマートな立ち振る舞いが印象的です。

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僕は基本的には、誰とでも話せるというタイプではありません。もちろん、FOODEXやHOTERESなど大型コンベンションホールなどという会場で講演などもしていますから、人前で話をする事が苦手という意味ではありません。その人がどのような生き方や価値観を持っているかを知り得るまでは、本音で話せないという部分が強いのですね。誰とでも仲良くはなれるが、関わりとしては浅いという関係が好きでは無いのかもしれません。とにかく、興味をもった人については深く知りたいと思うのです。真にハルさんは、そういう人物でした。自分が扱う食材へのこだわりは、生産者への信頼となり、その過程を理解するために実際に足を運びその環境から来る味への感謝を料理という表現で還元しているのです。ハルさんのレストランで使っている魚の80%が瀬戸内海のものであるという部分で、岡山出身の僕の原点と融合して話が盛り上がりました。

1年をすごく細かく区切り、どの時期のどこの環境がどのように良いから、その場所で最上のコンディションになった状況ものを食材の声を、信頼出来るプロフェッショナルな生産者に判断を委ねて仕入れる。その送られて来た食材の声を聞いて調理するのだという。日本には、古来より一年を二十四節気、七十二候という風に分ける風情があり、その中での季節の変化を楽しむという文化がある。そんな古の季節感を大切に、今という時代に新しい料理スタイルで表現するハルさんの根源は“禅”という思想なのではないだろうか。雑念を払い、心を集中して悟りの境地を得ることを目指す。つまり食材への最大限の敬意を「命」という観点から大切にして、食という命を繋ぐ行為に最大限の努力を捧げているようにお見受けする。美味しいのは当たり前の東京の美食シーンで、料理スタイルで異色を放つハルさんという料理人の人柄に触れ、一見すると見過ごしてしまいそうな食材の個性や在り方そのものが、凡庸な調理方法ではなく、ハルさんのみが創りだせる料理を決めさせたのだと思うと、稀代の感性をもった調理人であることは間違いがないですね。

フードアナリストは、作り手と食べ手の幸せを繋ぐ架け橋となる存在でありたいと思っています。こうした時間が紡ぎだす料理人からの言葉の一つひとつに込められたメッセージを料理から感じ取れるための勉強も大切ですね。今後も精進して、食べるということから多くの物語を見つけ出したいと思います。

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2008年7月 2日 (水)

フードアナリスト初級検定がスタート!

[News Release]

日本フードアナリスト協会とニフティ、初のWeb上で実施する検定試験
「フードアナリスト初級検定」を「@nifty 厳選レストラン」にて独占開催。

 日本フードアナリスト協会(代表:横井裕之、東京都千代田区、以下フードアナリスト協会)とニフティ株式会社(社長:和田一也、東京都品川区、以下ニフティ)は、7月1日(火)からインターネット上で「フードアナリスト初級(注1)」の初のWeb検定を開催します。

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 この検定は、食の専門家であるフードアナリストたちが紹介するレストラン情報サイト「@nifty厳選レストラン(注2)」のサイトで行います。受験対象者は@nifty会員の方でかつ@nifty厳選レストランの会員です。 

受験者は二者択一形式の試験問題を30問回答し、24問以上正解すると「フードアナリスト初級」に合格と認定されます。解答時間に制限はなく、インターネットにつながる環境があれば、いつでも受験可能です。受験直後に合否の結果がでるので、「@nifty厳選レストラン」のサイト内で「フードアナリスト初級」を取得することが可能です。

 「フードアナリスト初級」に認定された方には、フードアナリスト協会発行のオンライン認定書が送られ、また、協会発行のメールマガジンの受け取りが可能となります。さらに、フードアナリスト向けのインターネット上のコミュニティ「食卓賢人倶楽部」へ入会することもできます。

 フードアナリスト協会は、「フードアナリスト初級検定」を初めてWeb上で開始することにより通常の受験者とあわせ、全体で今年度5,000名の受験者を見込んでいます。Web検定の開始により、「時間や場所を問わず、受験が可能になる」ことから全国各地の食に関して興味がある・もっと深くしりたい方に間口を広げ、資格取得者の拡大をめざしています。

 一方、ニフティはこの検定を通じて、フ-ドアナリストの認知度および「@nifty厳選レストラン」のクオリティをさらに高めていきます。今後は各企業と連携して、食に関わる検定を展開していき、食に興味がある方の食に関する知識の向上にむけて幅広く利用されることをめざしています。

 両社は今後も本サイトを通じて、お気に入りのお店をみつけ、"常連"になれることを応援し、レストランの本当の良さ・楽しさを伝え、「お客様とレストランの架け橋」として、食や食空間に関する情報を伝えられるサイトとして展開してまいります。

注1:フードアナリスト

食と食空間を評価・分析する専門家で、レストランを料理の評価だけでなく、サービス・安全性、雰囲気を総合的に評価して「1つ星」から「5つ星」まで評価・格付けする日本で初めての資格です。現在、約3,000名が「フードアナリスト」としてさまざまな業界で活躍しています。

注2:@nifty 厳選レストラン
フードアナリスト協会が認定する「フードアナリスト」の有資格者による鋭く多角的な視点において選んだ厳選されたレストラン情報を提供します。掲載するレストラン情報については、サイト独自の評価基準(注3)により、総合的に評価します。また、「フードアナリスト初級」のほか、利用者のニーズが高い「マナー検定」や「@nifty厳選レストラン常連度チェック」などもあわせて開始します。当サイトの利用者がレストランに赴く際に、役に立つマナーを事前に確認することでより深くレストランを楽しめるような構成にしています。サイトの利用者の中心となる食・美容・健康などに興味を持った情報感度の高い女性やグルメ通の方を中心に利用してもらうことを目的としています。
注3:評価基準
「料理」「内装」「サービス」「快適性」の4つの視点から、それぞれの基準に基づいた10項目の格付け。

<「フードアナリスト初級」のWeb検定」の概要>
○サービス名称
 「フードアナリスト初級」Web検定
○利用料金
 2,500円(税込)
○URL
 http://restaurant.nifty.com/ 
○利用対象者
 @nifty会員の方でかつ@nifty厳選レストラン会員の方
※@nifty会員

「@nifty ID」および「@niftyユーザー名」(旧PLEASYユーザーID含む)をお持ちの方。@nifty会員でない方も簡単な登録をしていただくことでサービスをご利用いただけます。 
※@nifty厳選レストラン会員

プロフィール登録をしていただいた方(登録無料)
○特長
・解答時間に制限はなく、インターネットにつながる環境があれば、いつでも受験可能
・受験直後に合否の結果がでるので、「@nifty厳選レストラン」のサイト内で「フードアナリスト初級」を取得できる
・「フードアナリスト初級」の認定で-フードアナリスト協会発行のオンライン認定書の取得
-協会発行のメールマガジンの受け取りができ・『食卓賢人倶楽部』への入会が可能です。
・「マナー検定」や「@nifty厳選レストラン常連度チェック」などの受験が可能

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2008年6月28日 (土)

超アイドルに遭遇

今日、銀座に出向いて歩行者天国を歩いていたら、ものすごい人だかりを発見!

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どこかのスターでもいるのかな?と、興味半分で近付いたら・・・

ありゃりゃ・・・なんじゃ!この光景は・・・

あらゆる人が携帯やデジカメでパシャパシャ!

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ぬわんと、銀座4丁目STという看板の上にチビ猫とキジトラの猫が仲良く重なって寝ていました。

しかも、ご覧の通りのギャラリーを尻目にスヤスヤ・・・

いや~可愛いのなんの。

銀座に突如現れた新星は、ブレークの予感!

嗚呼、マネージメント契約したい(笑)。

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2008年6月25日 (水)

夏に備えた体調管理

夏への過渡期である梅雨の時期は、湿度が高くてジメジメとしうっとうしい以外にも、気温の上下変動も激しく、寝入りばなは暑くて寝つきが悪くなるということもありますが、明け方に気温が下がってしまい、朝起きるとカラダがけだるく感じ、それを一日中引きずってしまうことになり兼ねません。

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暑くて無意識のうちに布団をはぎ取ってしまっているし、明け方に気温が下降して体熱が奪われ寝冷えして、朝がけだるくなりやすいのです。

対応策の一つとして、冷えないように長袖のパジャマにすることと、止むおえずエアコンを使う場合は、例えば1時間置きに点いたり消えたりの設定にしておくと、暑くて途中に目覚めることもなく冷え過ぎも防げます。

あいにく古いタイプのエアコンでそのような機能が備わっていない場合は、「 防犯用コンセントタイマー」を使用すれば、点いたり消えたりの設定も可能ですが、その時に、100Vまたは200V用に対応しているか確かめる必要があります。

うっとうしい梅雨の時期を乗り越えて、厳しい夏の暑さに備えて体調を整えて置くためには、睡眠を快適に熟睡できるように工夫する必要があります。

枕は、そば殻の入ったものが熱のこもりやすい頭部にも清涼感を与えてくれるので◎。

エアコンの効いたオフィスの中に一日中こもりっきりで、汗をかくことがほとんどないような場合は、一日10分程度でも歩いて汗を出した方が賢明ですが、帰宅時に一駅手前で下車して自宅まで歩くというのも良いかも知れません。

夜にカラダを冷やさないことと、努めて汗を出すことを提唱しましたが、結局はむくみが起きる可能性がある飲食物を極力避けることに尽きます。

ペットボトルのお茶、缶コーヒー、缶ジュース等の本来ならば淹れたてをすぐに飲まないと酸化して濁り苦くて飲めなくなるようなものは、何かを添加していますから飲用を続けていると、むくみとなって現れます。活性炭・中空糸膜に銀を使用している浄水器や、豆乳もかなりいけないようです。

むくむということは、汗や小水が出難くくなりますから、体温調節の不備を招いて熱がカラダにこもり、ますます不快になってゆくのです。

暑くて湿気ていると、顔の皮膚面は皮脂が多量に分泌されて、毛穴や汗腺を脂質で塞いでしまいます。石鹸で日中に数回の洗顔を行えば、毛穴や汗腺からより熱を放出しやすくなり頭部も冷えて清涼感をたっぷりと味わえるのです。リフレッシュ効果もあります。

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2008年6月13日 (金)

怒りの高級リストランテ・ランチ

先日の大切なビジネスランチでの出来事。

予約を事前に入れて、大切な話をしたいから席への配慮をとお願いもし、相手の好みなども考慮した上でコースを設定しお願いしてあり、更にリコンファーム(再確認)も前日にしてありました。

時間通りに着いて、席に案内された席はガラ空きの店内で態々カップルが食事をしている隣。最悪なのは、そのカップルが店に相応しくない服装で声がデカイ人達でした。

それでも、この後の予約で満席を想定しての事だろうと我慢しました。

飲み物を注文して、さて食事を待とうとした矢先にメニューを持ってくる始末。今日は注文をして臨んであるというのに・・・しかもゲストに金額入りのメニューなど言語道断です。

その上、注文時にラグー的なパスタが2種類あって、味が重なるかもと聞いてみると、「お好きならいいんじゃないですか!」と素っ気無い物言い。
この時点で、半分切れ掛かっていました。
同じ言い方でも「ラグー系がお好きなら、食べ比べてみられるのもよろしいかと存じます」くらいは言えるだろう。
フードアナリストでは、ホスピタリティーを最重要に学びますが、この店のスタッフは総じて無教養、慇懃無礼。何より言葉の使い方がなっていません。水を足せば、しぶきを飛ばす。皿はどんと置く。カトラリーも置き方が雑では、食事が白けてしまいました。

タイトルにも書きましたが、ここは決して安くない高級志向な有名イタリアンです。2度目の訪問ですが、味は悪くないのですが、スタッフが変わり総じてサービスが大きく低下したのでしょう。東京では、今時美味しいレストランは星の数ほどありますが、サービスが快適で初めて食事を楽しめるという事を改めて思い知らされました。

人が人に接する印象は、何よりも大きいのだと実感です。

会社などでも、電話の対応が良かったら、その会社自体の印象も良くなります。企業の広報では、マナーだけでなく身なりや言葉遣い、思いやり、正確な仕事の対応が求められます。窓口の広報が会社を代表するイメージであり、広報の仕事が会社の評価を決めるからです。だから自分を磨く事を常に心がけている素敵な方が多いのですね。その逆もありますから、怖い立場とも言えます。

レストランでは、サービスを担当する方が印象の大きな部分を占めます。

今回は、自分が予約をして招いた食事だったので、ゲストに対して申し訳ない思いで一杯です。
時に、こうして努力を怠り、シェフの名前に胡坐をかき、甘い考えで店に立つ駄目なサービスマンがいるものです。料理を美味しく感じさせない環境としてしまっている店のマネージメントサイドの管理能力が問われます。

いや~久々に失望を味わいました。 

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2008年5月29日 (木)

「吉兆」騒動に想う

日本料理の最高峰と言われる料亭「吉兆」の歴史は思いの外長くない。創業は1930年。初代・湯木貞一(ゆき ていいち)さんが一代で築き上げた。「吉兆」は近代日本料理史上の奇跡である。

神戸の料理屋「中現長」の長男として1901年に生まれた。家の方針で上級学校への進学は許されず、15歳から料理修行を始めた。
 湯木貞一さんは、このまま人参などを相手に生涯を捧げてよいのだろうかと葛藤していた時に、松平不昧公の茶会記を読み、その懐石料理の季節感にふれて、料理を一生の仕事とする決意をする。そして、1937年(36歳)には表千家の門を叩き、本格的に茶道の勉強を始めている。
 1930年(29歳)から「中現長」を離れて自分の店を持つが、店の繁盛や戦禍の為に店は転々とするも、贔屓の客は離れなかった。それどころか、良い不動産を斡旋したり、良い条件で資金提供したり、彼の才能に惚れて支持する人々が絶えなかった。ついには1961年(60歳)に東京進出を果たす。
 こうした躍進を支えたのはもちろん彼の料理である。飲食に茶道の趣向を取り入れたのである。ただ旨いだけでは満足しなかった。「吉兆」の料理は器も客室の設えも含めて、五感で味わう料理である。

湯木貞一氏はコレクターとしても猛者だったようだが、店の儲けは殆ど美術品に注がれたと言う。彼はこれを店のもてなしでどんどん使ったと言う。それが彼なりの社会還元だった。今は大阪に湯木美術館もあり、多くの人々の目を楽しませている。

今回、船場吉兆が廃業の報道に触れ、僕もテレビやラジオでコメントを求められました。
コメントとしては、先ず創立者である湯木貞一さんが立派な方であったこと。創業から、ここまでの世界的な信頼を築き上げた功績に対しての敬意をコメントで表しました。そして、起こしてしまった事件は、人の弱い部分が、目先の利益に判断を狂わせた悲しい出来事であり誠に残念であったと。大切なのは、働いていた従業員の方々も仕事を離れれば消費者であり、お客様の立場であるということ。その立場で自分たちの店の行為をみれば認められないお客様への裏切りであったこと。自分の家族に食べさせたくない状況の料理を運ぶ気持ちの苦痛を思いはかれなかった責任は重いと思うという部分にも触れました。

しかし、一番大切なコメントは、このことをきっかけに、今後このようなことが起こらないように食の世界全体で真摯に受け止め、消費者への安全と安心を提供出来るように皆で努力して行かなくてはならない。消費者それぞれが、食の安全や食べるということに対して厳しい目線をもっているからこそ、誠実に取り組んでいる作り手には尊敬や信頼も集まるのです。という部分でした。

結論は、僕が重要視したコメント部分はカットされてしまったのです。

番組のスタンスとして、吉兆の功績を認めた上で起こした事件の部分を反省して、残っている吉兆で誠実に働いていらっしゃる方々へエールを送るという感じはありませんでしたね。コメンテーターも、創業者の代からこのような不正があったのでは?というコメントをされていましたが、故人に対して慎重な発言をして欲しかったというのが本音です。

吉兆で誠実に働く従業員の方々にも家族がいて、生活があるという心配りを持ったコメントが入っても良かったのにとは個人的に思います。言葉やテレビの影響を考えると「不正によって“吉兆”全てが悪の巣窟」的な報道は、残念であります。

視聴率のためにはカットする部分に正しい情報も含まれるのは分かっていても、呼び出されてインタビューを受けたり、誠実にコメントした時間が虚しいと思ってしまいますね。

しかし、こうした場面でのコメントにブレがあってはなりません。

私は、どんな場面でも公平で公正、中立を守るフードアナリストなのです。

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2008年5月16日 (金)

髪の毛に「孫は優しい」???

Photo 抜け毛対策の基本は、抜け毛の原因を知る事から始まります。抜け毛の原因を解き明かし、立派な髪を育てましょう。
バランスの良い食生活をしていない場合、十分に髪へ栄養がいかず髪が育たなくなり、抜け毛が進行する場合があります。

抜け毛に悩まない為には、早い段階から抜け毛予防をしておくことが大切です。
食と髪の毛の関係を知り、少しでも抜け毛に対するリスクを減らしましょう。

「マ ゴ ワ ヤ サ シ イ」
抜け毛で食生活に気をつけようと思った時に思い出してほしい魔法の言葉です。

マ・・豆類
ゴ・・ゴマ類
ワ・・ワカメ(海藻類)
ヤ・・野菜類
サ・・魚類
シ・・シイタケ
イ・・芋類

修行僧のような食生活ですが、髪にとても良い食事です。

睡眠と抜け毛には深い関係があります。

皆さん、徹夜で仕事したら疲れますよね?
そんな時、疲れを回復するには睡眠をとるしかありません。

それは髪も同じです。
睡眠をとらないと、髪の疲れも取れないのです。

そして、何が悲しいのかというと、疲れが取れない場合
身体の機能が低下しますが、1番最初に停止するのが「髪」なのです・・・

つまり「抜け毛」の始まりです。

他の臓器と違い、髪がなくても生命に危険はありませんが最初とは悲しすぎます。

他の臓器、細胞への栄養が不足しているとき、真っ先に栄養を止められるのも「髪」なのです。
睡眠・栄養が不足した場合、抜け毛が増えるのはこんな理由があったからなのでした。

22:00~02:00は体の成長や頭皮にとってゴールデンタイムと呼ばれ毛髪が1番成長する時間帯なのです。

現代人の生活にはちょっと厳しいこのゴールデンタイム、
この時間に睡眠がとれる環境を作ることも抜け毛への予防の第一歩。
実際は難しいですが、知っていることが大事です。

バランス良く意識して食べるという習慣が、あなたの髪の寿命を延ばします。

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2008年5月 7日 (水)

ある愛の詩

Euroart その人懐っこい笑顔は、いつも訪ねる度に元気をくれた。

本当に美味しいチーズを完全な状態に熟成させて提供してくれる稀少なチーズ専門店「EURO ART(ユーロアール)」はご夫妻でお店を営まれている。我が家では、いつもこの店でチーズを買い、たくさんのチーズの知識を授かっている。本当のチーズの美味しさを教えてくれた恩人でもある。

ご主人は日本国内では数少ない本場の有資格者(フランス・チーズ鑑評騎士)でありながら、謙虚で誠実な人柄。奥様は、いつも笑顔で清純な品性に溢れた素敵な女性で、とても仲睦まじいご夫婦だ。そのチーズに対する熱意と姿勢は、日本でも屈指の名店と評されている。

大量生産のメーカー品ではなく、修行中に知り合ったヨーロッパの農家が作ったものを売っています。正に通好み、といったところですが、レストランのシェフなどのプロも大勢買いに来て、時々レストランのシェフが集まって試食会を開いたりもしているほど。

絶対の信頼を寄せ、ご夫婦の人柄に惹かれ、かれこれ5年ほど通っています。

ここ暫く、店頭に奥様の姿がなく、体調を崩されていたと聞いていた。

今日、いつものようにお店を訪ねて、さて何を買おうかとショーケースに目をやっていて、ふと振り向いたら店の奥に白い花に囲まれた奥さんの笑顔の写真が飾られていた。

「えっ?えっ?」・・・解かってしまったが、信じたくなかった。

奥から出て来てくれたご主人が、4月21日に亡くなられたことを教えてくれた。享年51歳という若さ。

・・・・・・・・・・・言葉が出ない・・・・・・・・・・・・

ただただ、溢れる涙。去来するあの言葉や笑顔、在りし日の姿。

「チーズは栄養に富んで体にも良いからしっかり食べてね」と、帰りにドライ・イチジクも持たせてくれましたね。「このゴーダチーズは、コクがあってまるでキャラメルのような味わいの深さですよ」と子供っぽくはにかんで教えてくれましたね。

お互いの家で飼っている猫について話し込みましたね。

もう、あの笑顔に逢えません。

神様は残酷です、あんなにも素敵で人を幸せな気持ちにしてくれる人だったのに・・・

出会いから僅か5年。ご主人は、奥様との出会いからの思い出をポツリポツリと話して聞かせて下さいました。本当に出会ってから短い間でしたが、濃密でひと時も離れる事のない二人でした。最初は出版社で務めながら、仕事帰りに店に来て、エプロンをして手伝ってくれた所から、ようやく軌道に乗ってこれから!という矢先の事でした。最後は、私の胸の中で「出逢えてよかった。楽しかった・・・」と言ってくれて、手を握り合えたそうです。

泣くだけ泣いて、店を開けました。と、語るその目の奥に「二人で開いたこの店を守る事が奥様への感謝なのだ」という意志を感じます。

「5分で良いから妻と話したい」「目を瞑れば妻はいつも傍に居る」という哀切な言葉に、あの素敵な笑顔が瞼に浮かびます。

ありがとうございました。そして、どうか安らかに眠って下さい。

私たち家族は、お世話になった恩を一生忘れません。微力ながら、ご主人を応援し、いつまでも奥様がお奨めしてくれたチーズを買いに行きます。

この話は、書いては消し・・・掲載を悩みました。しかし、この店の魅力とご夫婦の残された店への感謝として僕に出来る事を考えた時、自分の評価としての素晴らしさを紹介し、一人でも多くのお客様に支持される様に応援することだと思ったのです。

大変な人生を乗り越えて、出逢い、美しい愛を育くまれたお二人。

出逢えた奇跡と運命の切なさを感じずにはいられません。

食を通じて出逢えた奇跡を大切に胸に刻んで前に進もうと思います。

【ユーロアール】〒152-0001 東京都目黒区中央町2-35-17。Tel.: 03-5768-2610  東急東横線学芸大学駅より徒歩約5分。西口から、東横線の高架に沿って祐天寺方面へ。暫く進むと道は東横線より左にそれますが、道なりに進むと五本木交差点。交差点手前の植え込みに隠れたお店です。ユーロアールのホームページhttp://www.euro-art2001.com/

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2008年5月 4日 (日)

そっちの方がいい人生

Book_4 さて、5月に入りました。年齢を重ねる毎にその時間の経過スピードは加速度を増してる感じがして、妙に焦る気持ちと「なるようになるさ」、という楽観が交差してます。

フードアナリストの検定試験が6月22日に全国都市(札幌・仙台・東京・名古屋・大阪・広島・福岡)で開催されます。http://www.foodanalyst.jp/examination.php?i=00000000010

最近では、講師として教壇に立っています。自分が教えた受講生達が試験を受けて、合格を目指すというシーンに“ドキドキ”を感じます。ある種、自分が受ける以上に緊張したり、合格して欲しい!と、切に願うものですね。

やはり、縁あってフードアナリストという資格に出会い、自分に投資して、真剣に勉強する方々に向かう訳ですから、講師をするという責任は重圧を感じる程です。僕だけでなく、他の認定講師の方々をみても、皆さん並々ならぬ準備と予習を重ね、教壇に立っておられます。教える事は、また学ぶ事でもあります。

ただ、教えるためには、教わる10倍の努力をして臨まないと充分な内容が伝わらないというのが実感です。

スポーツなどの世界でも、練習で10出来る事も、試合では5出来ればいいと言われます。この「5」が実力だと考えます。ですから、今ある資格や、認定の級などに甘んじるのではなく日々の努力と研鑽が、先の自分を作るのだと思うのです。

受験でも同じ。試験を受ける過程で努力したか否かが大切。悩み、苦しみ、それでも続けて来たものが必ず自分を助ける日が来るものです。

「ある時期ちゃんと努力する」という目的を達成したなら、落ちても受かってもどっちでもいいやという心境でいいと思います。たぶんどっちになってもそれが「人生の正解」。

ボクもいままで不本意なことがいろいろありました。人より出来ない、結果が悪いなどという事からのコンプレックスに悩んだ時期もあります。でも、それも「正解」であったのだと今は思えます。いや、むしろそっちの方がいい人生だったとさえ思います。

器用ではないですが、こうして多くの方々と出会えて、共通の目標に向かい、学び、価値観を共有出来る幸せは、順調であったなら築けなかった信頼関係だと思います。

受験生をお持ちの皆さん、ご家族で頑張った時期を大切に思い、結果に対しては「どっちも正解」と頑張った事に労いと愛情を注いで下さいね。

それにしても、遠回りも正解だと思えるようになるまで、十何年かかったかな。

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2008年4月30日 (水)

食事に表れる“その人の魅力”

Tablesetting 僕は食べる事が好きだ。
決して美食家というわけではなく、食を楽しむ雑食家と言った方が良いかもしれない。
おいしいものなら何でも食べる。
手帳をめくると、そんな僕の食への探究心があらゆる表現で綴られている。
人に聞いたり、本で得たり、様々な情報と自分で探し当てたお気に入りの“おいしい店や情報”はずいぶんな量になった・・・
同時にそれは、関わった人との思い出の場所や時間の記録でもある。
「一緒に来たよね」「それ、私じゃない」
そんな会話を何十回と繰り返したことか。
決して記憶力が良いとはいえないが。それを、一緒に食べた誰かのことを鮮明に思い出すことがある。
食べる時間と人と人との交流は密接な関係にあるらしい。

人の価値観や、知識・教養・マナー、レストランの在り方、料理・サービス、一緒に食べる人との関係性などなど様々な要因が「おいしい」という判断に大きく係わっている。おいしいという判断は、舌だけで感じているものではない。五感で感じ、今までの経験と照らし合わせて情報を処理し、加えられた情報を総合的に脳で判断しているのだ。だから半分は感情で、言い換えれば脳で食べているともいえる。

食べるということは生きること。食べることで、命を繋ぐのだから尊敬と感謝をちゃんと持っていたい。

「いただきます」とは、「命」を頂きますなのだ。

本来は、走り回るという意味の「馳走」は、客人のために走り回って食材を用意して、もてなすという意味となった。感謝の意味で「御」と「様」をつけて「ご馳走様(ごちそうさま)」という食後の挨拶語が江戸時代後期に生まれた。

時にはレストランにおいて、その人の立ち振舞いにおいて、その人の人間性や恋愛感などまでも分析することも出来る。

かの稀代の美食家であるブリア・サバランは、「君の食するところを言いたまえ、君がどんな人物かを言い当てよう。」という名言を残している。

誰かを食事に誘うということは、「その人と一緒にいる間、『その人の幸福』を引き受ける」ことでもある。

食べるということを、より幸せな時間にしてもらいたい。

そんな幸せをお手伝い出来たら・・・

それが私たちフードアナリストの使命なのです。

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2008年4月29日 (火)

晩春に想う

Photo この頃、春といえば三月から五月までのつもりになりがちだが、旬の感覚では、立春から立夏までを春ととらえないと、日本の春にのりおくれる。段取り不足となって春を深々と味わえぬ悔いが残る。今年もそうであった・・・

春の語源が、晴(ハル)または発(ハル)、即ち万物発生の意にあるというわれるだけあり、春は生きとし生けるものに、生命力があふれている。初春・仲春・晩春と三春と大まかな分け方などでは、本当の春の息吹を感じる事は出来ない。旬などは十日目毎に数えるがそれでも、まだ足りない。

子供の頃は野に咲く花や山菜を積んでその季節の変化を体で体験したものだ。早起きして、山に入る。小さなものの成長は激しく早く、筍、蕗の薹や山椒の蕾もあれよの間に花を咲かせ、人の都合を待たない。

水に棲む小さな命も同様だ。特に白魚は、一週間で大人びる。二月中旬にこだわり絶対にこの時節だけと薦めてくれる知人がいる。さすがに幼いだろうと痛々しくも感じたが、「「白魚は、目がかたくならないうちが身上です」と教えてくれた。目玉の違和感のない二月の白魚が恒例となった。

「明けぼのやしら魚しろきこと一寸」 芭蕉

Unag ヨーロッパに住んでいる時にも、稚魚の食方法があることに驚いたことがある。スペインの「アンギイラ・アラ・ビスカイナ」というウナギの稚魚料理だ。タパという土鍋に、オリーブオイルとニンニク、種抜き唐辛子を入れて火にかける。ここへウナギの稚魚を一掴みして投じ、一気にあおったものだ。

春を待つ、人々の心の根底には、
萌え出づる、とりどりの新たな命に
自分の命を重ね、一つの光の中で
共に息づく、その喜びを
仰ぎ求めているような気がします。

忙しいという言葉に隠れた、こうした一瞬の命の輝きや自然の声を聞いていない自分に反省。

まだ間に合う、晩春の息吹を感じにどこかへ出かけようと思います。

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2008年4月28日 (月)

蘇る昭和のシーン・・・

Photo テクテクと歩く道の先をおじいさんが犬の散歩をしています。その犬はとても手入れされていて、見るからに愛情いっぱいに育てられているのだろうな、何て頭で考えながら後を歩いていました。おじさんはとても優しそう。公園の横にさしかかった辺りで、「ドカーン!」という音が辺り中に響きました。公園で遊ぶ小学生(高学年)たちが公衆トイレの壁にボールを蹴っていたのです。その壁は、薄い簡易な建物ですからあまりの衝撃で壊れそう・・・

おじいさんが颯爽と公園に踵を返して、「君達!公衆トイレが壊れるじゃないか。ダメだぞ」って注意をしてあげました。

割と素直にうなずいた子供たち。でも・・・

おじいさんは公園を去りました・・・。お節介なフジーニは、成り行きを見守りたいから少し静観。ほとぼりが冷める間もなく「ドッカーーーーン!」と更に激しく壁にボールを蹴る少年たち。そして、バキッと壁が割れてしまいました。

「コラー!」。

気付いたら少年たちに歩み寄って説教です。「今、おじいさんに注意されて、もうしないと言ったのに何でまた同じ事をするのか?!」せっかく、親切にいけないことを指摘して注意してくれて、素直に謝ったから反省したと思ったのに「嘘をついた」のでキッパリ叱りました。蹴った本人がすぐに壁を修復しようと努力していました。割れたので直るわけ無いんですけどね(苦笑)。残りの5人は他人事のように知らん顔。再び説教です!「全員で助け合わんかい!!!」

もう完全に昭和の雷オヤジです。

自分が子供で彼らくらいの頃には、同じように野球のボールを人様の家の壁に投げたり、車にさえ投げたりした事もあります。そんな時に、決まってそこ等辺りにいる大人に叱られたものです。

一生懸命に修復する少年たちの姿は可愛らしかったです。小さな声で「もうしません」って言ってくれたから、「ありがとうね、そう言ってくれて。信じるよ」って最後は笑顔。

どう考えても、割れた破片をそっと置いてみた程度は修復になっていませんから、後で接着剤を持参して修理しておくね。やれやれ、余計な仕事だなと思いつつお節介は、子供たちの未来を思えばこそ。

何だかなぁ・・・・気付けば自分が、あの頃に叱られたコワイオジサンだよ。あ~あ、歳取ったかな。

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2008年4月14日 (月)

イルカの五感+二感

Photo 今日はイルカとのコミュニケーション。ドルフィンクエストプログラムに参加して来ました。最初にイルカについて勉強してから、触合いの時間となります。本当に優しい目をしたイルカの名前は「LIHO」。優しく近付いてくれてありがとう。

【イルカについて】学んだこと!

視覚・・・イルカの仲間の目は水中でも空中でも機能するように、とても弾力があるレンズでできています。 水中は浅い水域(太陽光が届く範囲)で利用され、仲間や敵をみたり、ボートを見たりしているようです。空中は、ザトウクジラやシャチなどのスパイホッピングでわかりますね。色はどうでしょう。水深5mを越えると赤が消滅し、最終的には青一色の世界になってしまいますが、飼育されているイルカで実験したところ、その種類は色を認識できたそうです。全てのイルカが色が識別できるかどうかはわかっていません。 嗅覚・・・ほとんど機能していません。

味覚・・・これはあるようだ、という推測されています。しかし、それが何のためにあるのか分かっていません。ご褒美の小魚は美味しそうにパクパク食べてくれましたがね。

触覚・・・とても大切な感覚のようです。イルカの仲間はお互いに身体をこすりあったり、海底にこすりつけたりします。この触覚が絶対的に必要なのは、速く泳ぐため。身体の周りの乱流を感じ取り、皮膚を変形させなければいけないからです。それと、呼吸。鼻が水面上に出た(水から空気に代わる)のがわからなければ、一瞬で呼吸をしたりできません。ですから、かなり敏感な部分があるということがわかります。

聴覚・・・水の抵抗を減らすために、体表の凸凹は少ない方が良いわけで外耳はなく、皮膚に空いた小さな穴になってしまっています。もちろんここで音を集める事はできません。イルカの仲間は下あごのなかの音を伝達する組織をとおし、内耳に達するように進化しています。内耳は陸上の哺乳類とは随分違う構造になっています。陸上では左右の内耳に達する音の強弱で音がどの方向から来たか判断できますが、水中では音のエネルギーが頭蓋を通過してしまうため強弱の見分けができなくなり、方向の特定が不可能になってしまします。そこで、イルカの内耳は特殊な組織で覆われていて頭蓋を通ってしまった音を跳ね返すような仕組みになっているそうです。

エコーロケーション(音響探測)・・・コウモリや潜水艦、超音波診断機のようにイルカも音で周りのものの大きさ、形やその距離、性質を知ることができます。イルカが出したクリック音が(エコーロケーション用の音)物体に当たり、跳ね返ってきた音をしらべています。これは歯クジラでははっきりわかっているそうです。

磁気感覚・・・この感覚は全ての生き物が持っている物だが、イルカの仲間はこれを利用して、回遊している。集団座礁などは地球磁気の変化による物ではないかといわれています。しかし、アオウミガメなどは磁気を利用せず海を航海することができるのがわかっていますので、イルカが絶対磁気を利用しているとはいえないようです。 バンドウイルカが捕食の時は低周波の低い音を出すことがわかっています。これは、魚が低周波の音にしか反応しないからかもしれません。また、この低周波の時、仲間のイルカが集まってきます。高い音になると近づくスピードが遅くなることが多いので、この音は仲間を呼ぶ音かもしれないですね。「美味しそうな魚がいるから皆で食べよう!」って誘ってるんだったら面白いですね! とても勉強になりました。

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2008年4月 4日 (金)

春の長野は爽やかでした

月に1度、テレビ信州の情報生番組「ゆうがたGet!」という2時間番組のコメンテーターを務めさせて頂いている。そんな関係で毎月長野へ行っていますが、本当に素晴らしい大好きな場所なんです。

食の専門家としてだけでなく、自然と人の触合いなど愛すべき土地柄ってありますね。なぜだかホッとするのです。

Photo 壮大な自然に囲まれ、爽やかな風と太陽に触れて水の美味しい此の地で蕎麦を手繰る幸せ。

なぜ地方の番組に?って聞かれることがありますが、縁あって、長野にはしょっちゅう行き来しています。この番組も良く見ていて好きだったのです。この秋で10周年を迎える「ゆうがたGet!」は、こだわりの情報満載ですが、特に食のレポートは秀逸。本当に美味しそうに取材します。

メイン司会の伊東陽司アナウンサーの人柄も素晴らしいし、キャラクターがこれまたいい!出演者やスタッフもこの番組に愛情をもって作っています。

参加していることに誇りをもっています。

先日は、僕が「東京の春の逸品」を選んで紹介するという企画で45分ほどのコーナーをやらせて頂いた。長野は東京に日帰り圏内です。もちろん東京の素晴らしさも体験して欲しいと思っています。一方で、全国の方々に、長野の素晴らしさを知って欲しいと思っています。そんな架け橋になりたいと頑張っているのです。

今後は、信州からの便りもお届けします。

テレビ信州の皆さん、「ゆうがたGet!」のスタッフの皆さん、これ読んでますか?これからも良い番組で楽しい情報を発信しましょう。

完全ローカルネタですね(笑)。

愛されて10年。ゆうがたGet!はYouがターゲット!・・・これ分かるかな^^。

「ゆうがたGet!」URL:http://tsb.jp/get/index.html

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2008年3月26日 (水)

食事と会話

Photo トルストイの「アンナ・カレーニナ」の中には、いつの時代でも変わらない、大切な言葉が散りばめられています。

ある一節に、リョービンとオブロンスキーがホテルのレストランで交わす会話があります。二人は、田舎で労働している人と都会で暮らしている人の、服装や爪の形などに見られる違いについて話しています。

「・・・つまり、僕たち田舎者は早く仕事に取りかかれる様に、急いで飯をかっ込むのに、今、僕と君はあまり満腹にしないように牡蠣なんか食べているじゃないか。まぁ、それが滑稽に見えるのと同じ事だね」
「いや、もちろんだとも。しかし、その点にこそ、教養というものの目的があるんじゃないか。いっさいのものから快楽を作り出すということが」

このあと、リョービンは、「それが目的なら、僕はむしろ野蛮人でありたい」と、カッコよくスネてみせるのですが、この「いっさいのものから快楽を作り出す」という言葉は、人生を滑らかに生きて行く上で、ひとつのキーワードになっています。むしろ快楽というより「喜び」「愉しみ」という言葉に置き換えた方が解かりやすいかもしれません。

ちょっとした言葉や動作で、その場の雰囲気を明るくしてくれる人は素敵ですね。

食と食文化の勉強をしていて、日頃意識していなかったのですが、最近どんな職種や年齢、性別の方と食事をしても話が噛み合うようになって来たと思える事に気付きました。その大部分がフードアナリストとして学んだ事に助けられているのです。

今まで食事をして来て、楽しかったとか印象に残っている食事会は全て「会話が楽しかったな」と思います。
料理の美味しさと同じくらいに同席者との会話は、食事の時間に大きな影響を与えるものなのです。

笑顔と楽しい会話は、食事を美味しくさせてくれるスパイスのひとつなのかもしれませんね。

近々ある友たちのと食事会のために面白ネタをせっせと集めるフジーニなのでした(笑)。 

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2008年3月25日 (火)

料理は脳トレ

Photo 脳にとって最も大切な物、それは栄養です。
一般に脳細胞の栄養といえば「糖」と言われていますが、厳密に言うと「グルコース」という炭水化物を元とする物質が主。
しかし、だからと言って炭水化物や甘い物ばかり摂っていればいいというわけではありません。
神経細胞そのものや神経伝達物質を作ったりするのには脂質もタンパク質も必要です。もちろんビタミンなども必須になってきます。

脳に必要な栄養をサプリで摂ってしまおうという考え方もありますが、もちろんベストなのはサプリメントに頼らずに食事で摂取することです。一説によると同じ栄養素でもサプリメントなどで経口摂取するのと食事から吸収するのでは吸収率に格段の違いがでることが多いとのこと。
また、脳に関係する必要な栄養素はそれこそ星の数ほどあることでしょう。サプリメントに頼ってばかりでは摂りきれません。

サプリメントはあくまで通常の食事では摂りきれない不足しがちなものを補うという感覚で摂るのがいいでしょう。一日のエネルギー摂取量の約18%を消費するといわれている脳ですが、その元となるのは薬ではなく食事。まずはバランスの良い食事を続けることが健康な脳を維持する一番の薬かもしれません。

自分で料理をすることは、脳に良い効果をもたらします。と、言うのも、料理をすることが脳に取っても非常に良いトレーニングとなるからです。脳は手先を使ったり考えたりすることで活性化しますが、それだけでは前頭前野の活性化には不十分です。

前頭葉は感情や脳の各部の活動に影響しますので、ただ指先を使うより、達成感などの感情や、複雑で複合的な身体の働きを伴わないと活性に影響しづらいのです。しかし、料理をすることは達成感など様々感情を伴うだけでなく、火や刃物を使うことによる危険予知や、合理的効率的に作業を行う脳力や食材などの味や触感などを想起する感覚的刺激など様々な要素を伴う脳の活性化に優れた作業なのです。

実際に料理中の脳の血流量を調べると前頭葉だけでもかなりの活性化を示し、音読や計算中などの血流量とくらべても遜色ないほどの活性化が示されるようです。

指先を使ったりすることは確かに脳にとって良いことなのですが、実際はただ指を使うだけでは大きな脳の活性化はみられません。しかし、料理はただ指先を使うだけでなく、それ自体が創作活動であることが脳の活性化につながっているのです。

創造性の高い活動を行うことにより前頭葉が活発になり脳の指先を司る部分をサポートします。それにより脳全体が活性化するのです。また、料理中は火や刃物など危険をともなう物を多く扱うため自然に脳は活性化し危険を察知しようとし、これが脳の活性を高めます。さらに料理は、段取りを考慮するなど様々なことを考えながら行うのも脳を使うことになり前頭葉の活動を活発にさせるのです。

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2008年3月24日 (月)

雨に想ふ

Photo_2 今日は冷たい雨が降っています・・・

父が子供の頃、雨の日には結構、唐傘を差す人が多かったそうだ。子供用の唐傘は小振りで可愛いかったが壊れやすかったし、油紙の部分が破れて見すぼらしくなるという。傘が壊れると、「蔵からもっておいで」と言われ、蔵の壁際には真新しい屋号入りの番傘、婦人用の蛇の目傘、子供用の唐傘が整然と並び吊され、蔵窓からの仄かな明かりに鈍い光を放ち、それは見事なアートの世界だったと懐かしそうに語る。 

ずんぐりした番傘の横に、蛇の目傘はほっそりと華奢に並んでいたが、父は、早く大人になってこの傘を差したかったという。和服用の雨コートを着た祖母が、畳まれているときは漆黒のその傘を開いた途端、真っ赤な二重丸の蛇の目が雨を遮る。この瞬間の美しさに憧れたものだそうだ。日常の中でさえ、こんな粋な演出を生んだ日本の職人芸に感服する。

子供用の唐傘が一本だけになると、父の兄か父のどちらかが大きな番傘をさして学校に行かなければならない。だから、朝雨の音を聞くと、競争をして早く起き、ご飯もそこそこに傘の取り合いになったそうである。

日本人は竹と和紙を使用した色々な民具を育ててきました。扇子・団扇・堤燈そして和傘。どれも竹の骨組みと和紙の融合により作り出される優美な民具ばかりです。こ れのルーツはどれも中国なのでしょうが、ごく自然に日本的美意識による改良が繰り返された結果、原産地の品々とはひと味ちがう姿に成長したのだと思われます。

和傘のことをから傘(唐傘)と呼ぶ人もあります。唐傘は中国の傘の意でなく、開け閉めが自由にできるカラクリ細工の傘の略称だとも言われます。平安絵巻に見られる 傘(蓋)は貴人に差しかける、開いたままの傘で閉じることが出来なかったのですが、それが進化して現在の複雑な構造が出来あがったもので、往時の人々が(カラクリ)と思ったのも不思議ではありません。

現存する竹製品の内、和傘の骨組みのように複雑なものは他に見出すことは出来ません。その仕組みだけでなく、傘を閉じた時の美しさを追求し続けた先人の努力には頭 が下がります。洋傘と比べて骨の数が数倍もあり、そのうえ張った紙を内側に畳み込むのです。そして閉じた傘の形を最初に割った竹の姿に戻すように細心の注意を払います。できあがった傘は竹林の中に育っている真竹のように滑らかで、気品のある姿が理想とされてきました。

日本人が世界に誇る民族文化ですね。

「唐傘をさすと、雨がパラパラと音を奏でる。この音が待ち遠しくて仕方なかった。」という言葉がすごく印象に残っています。

寒くて鬱陶しいというイメージの雨を情緒と捉える昔の人々の感性を大切に継承したいと思う朝でした。

そうだ、和傘を買って、雨の日を愉しんでみようかな。

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2008年3月23日 (日)

朝食を楽しもう

Photo 皆さんは朝食を摂っていますか?
我が家は、朝食をとても大切に考えて楽しんで摂ってます。
何てったって一日をスタートさせる大事な時間で、頑張れるエネルギーの補充でもありますからね。

和食、洋食を問わず用意する朝食ですが・・・ん?そういえば、「洋食」って何で洋食っていうんでしょうね?洋は海の事かな?
西洋に対して東洋があるにも関わらず、洋風、洋食って西洋を指していますが、何でなんでしょう?誰か語源を知りませんか。教えて欲しいです。

話が脱線しましたが、朝食の楽しみの醍醐味はやはり旅だと思うんです。
旅先で、出会うその地域や環境で供される朝食には、メッセージがあります。
ホテルでの、ルームサービスで用意されるブレックファーストにはちょっとした贅沢感と優雅な雰囲気が、メインダイニングで食べる際の焼きたてのクロワッサンや数々のパンの芳醇な香りには、ご飯等の方々の心をくすぐるものがあるのではないでしょうか。
旅館では、やはり炊きたてご飯に手間をかけて出汁を取った味噌汁、焼き魚、玉子焼き、等々の王道は魅力です。
他には、奈良ホテルなどの伝統あるホテルでの茶粥などもまた良しですね。

東京のホテルには、宿泊する機会は少ないのですが、朝食だけを食べに行く事があります。
パークハイアット東京のフレンチトーストなどは、前日までに予約を入れておけば用意してもらえます。
横浜・元町のモトヤパンケーキなどは、テラス席にペットを連れて来れたりしておしゃれな方々が集まるので、朝食を摂っていると海外にいる雰囲気を楽しめます。

僕のお薦めは、やはりオーベルジュの朝食です。
箱根のオーベルジュ・オーミラドーでは、部屋に朝食を運んでくれるスタイルですが、全室テラスがあるので天気が良ければ爽やかな風と共に美味しい朝食を頂けます。
勝又シェフの拘りは自然の食材にあらわれていて、焼きたてのパン類、何種類もの季節オリジナルのコンフィチュール(ジャム)、自畑で採れた野菜のサラダ。果物などは、枝付きで出てきたりします。スクランブルエッグには、地元で獲れた鱒の卵が乗っています。
丁寧に淹れた紅茶を愉しみながらの朝食は、会話も弾みます。たまにはTVを見ない生活もいいものです。
オーベルジュは、食事をメインの目的とした宿泊施設で、オーナーシェフの個性を時間を気にせずゆったりと味わうという場所です。
オーミラドーには、冬でも温水プールや露天風呂もあって、部屋からバスローブで行き来したりも出来ます。

今まで旅して、印象に残った朝食のシーンでは、野生のペンギンを見ながら食べる朝食ツアーが一番でしょうか。
オーストラリア南端のフィリップ島は、世界最小のフェアリー・ペンギンが生息する島。毎日夕暮れになると、ペンギンが列をなしてビーチに上がり砂丘の巣に帰る、その愛らしいペンギンパレードを見ることが出来る島として人気です。そのフィリップ島の自然保護区で、夜明け前に海に出かけて行くペンギンを見守りながら朝食を楽しむのです。
「ペンギンと朝食を(Breakfast with the Penguins)」と名づけられたこのツアー、日の出12時間前にエサを求めて海へと向かうペンギンを見学するもので、パーク・レンジャーの解説を聞きながらペンギンの生態を観察します。そして日が昇る頃、自然に囲まれての朝食となります。動物と自然の感動的な光景とともにとる朝食は格別です。




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2008年3月21日 (金)

トマト料理の極み!

皆さんにとっての最後の晩餐は何ですか?何て、良くある話ではありますが、私にとっての最後の晩餐に選ぶ一品は「栃木産フルーツトマトの冷製スープ」です。

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トマトのスープ?というなかれ。

もうこれは、トマト料理を究めた極上のスープなんです。

大地の恵みであるトマトの力を最大限に活かし、旨味、風味、五味全てのバランスと滋味の奥深さはシェフの感性の賜物。

このスープが食べられる(正しくはスープは飲むのではなく食べると表現します)のは、東京タワーの麓に佇む18席の小さなフランス料理店「シェ・ウラノ」です。

この奇跡のトマトスープ、時期は5月くらいまでなのですが、今が最旬です。シェ・ウラノを代表する名作なんです。「トマトが美味しいんですよ」とシェフは言いますが、同じトマトで同じレシピで作っても絶対に同じ味にならない悶絶の味。最小限の仕事=余計な仕事をしないという仕事。ギリギリの見極めの味加減が技の極み。初めて食べた時は、脳天をガツン!とやられた衝撃でした。トマトの旨味、ジュース、食感に加え、バジルのジュレが浮かんだ小宇宙が織り成す食の世界は、恍惚の美食の極地です。僕を信じて食べて欲しい逸品です。ロブション氏のガスパチョを越えるのは、これしかありません!

このレストランは、初めて訪れて依頼、月に1度1年間通ってみて“一生通うレストラン”としてお付き合いが始まった店なのです。

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いや~昨日も旨かったのなんの。今シーズンは何度食べれるかな?

嗚呼、またすぐ食べたい!

【シェ・ウラノ】
東京都港区虎ノ門3-22-10
東武ハイライン芝虎ノ門104
TEL:03-3433-1433

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2008年3月19日 (水)

我が家の教え

Photo 我が家には食に関して代々伝えられる言葉がある。

「美味しい料理は、美しい料理。

食材は五色で組むのが理想・・・白、赤、黄、緑、黒。

料理は五法で・・・生食、焼く、煮る、和える、炊く、蒸す。

料理は五色で組むと美しい・・・日本の料理は目でも食べる。

料理をうまくするのは、心。

箸と日本人の食作法、箸との付き合いは揺りかごから墓場まで。

食材への愛情と生産者への感謝を忘れてはならない。

食べる事は、楽しく幸せな時間であるべき。」

味わうという事は、五感で感じる事でもあります。
食材に四季を感じたり、作り手のメッセージを感じたり・・・

大袈裟なものではないけれども、祖父母から親へ、親から自分へ言い聞かされて来た教えを改めて文字にしてみてシミジミと感じる温かさがあります。
大切に後世に伝えて行こうと思っています。

僕の代から料理が六法になります・・・「揚げる」が追加されます。
天ぷら、とんかつ、エビフライ・・・外せません(笑)。

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「五色、五法」改め「五色、六法」の教えです。

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2008年3月17日 (月)

地球人として

Photo_3 スローフードという言葉が浸透して久しい。

最近ではあちらこちらと雑誌やメディアなどでも聞こえてくるキーワードである。

スローフード運動は、1986年、イタリアで食やワインを専門とするジャーナリストであるカルロ・ペトリーニと数人の同志たちによって始められました。
きっかけはマクドナルドのローマ1号店がオープンしたことに対する抗議運動だったのです。
スローフード運動は、つまるところイタリアの尊い食文化がアメリカ化(ファーストフード化)されることに対する危機感から始まったのです。それが、今では世界的な運動に発展し、ピエモンテのブラという街には美食学を専門とする世界で唯一の大学が創設された程です。

自分の体を構成する細胞組織の栄養摂取を考えるにつけ、自然との共存や人や環境に優しいことへの拘りと感謝の気持ちを持つことの大切さを、こうした運動が提唱してくれています。

ロハス、エコなどの考えも然り。

京都議定書でCo2削減問題が取り上げられた当初は、社会全体が環境問題に真剣に向き合ったかに思われましたが、今はどうでしょう?喉元過ぎれば・・・ではないですが、社会全体の意識が薄れている感は否めないですね。

アジア諸国からお金で消費材を輸入して割り箸や紙の原料などを浪費している現状を、各個人が考え直す必要がありそうです。地球温暖化問題は切実な状況です。
だから、私はチーム・マイナス6%の一員です。
【チーム・マイナス6%】http://www.team-6.jp/about/team6/index.html

僕自身は、My箸を持つことにしました。そして、本屋さんでのブックカバーを断ることに。人前で読んでる本が分るのが嫌なら表紙を裏返してつければいいし、今まで頂いたカバーを再利用も出来ます。買い物用のエコバッグも持ってスーパーへ行きます。

ヨーロッパに住んでいる時にポケットティシュを持つ人などほとんど見たことがありませんでした。鼻をかむ場合だってちゃんと自分のハンカチを取り出します。ティシュを使えば汚くないし、すぐに捨てられるから便利じゃないの?と聞いたことがありますが、環境に悪いと一刀両断。ハンカチは洗濯すればいいだけ!と強く言われました。
そういえば、車もヨーロッパはディーゼルが主流。オートマよりもマニュアル車が未だに多い。それは、環境に優しく燃費がいいからという理由が一番大きくて、人間が少し面倒な部分を補えば、経済的にも地球環境にも優しく出来るという考えがしっかり根付いているのです。ガソリン車だとリセールスバリューがかなり下がります。
現在のディーゼルエンジンの性能は素晴らしいもので、低公害で高出力を実現しています。

結局は、地球に住む同じ地球人としてどう共有する環境を守るかという意識の部分が大切なのだと思います。

ファーストフードという呼び方は、便利と引き換えに「大切な本質」を犠牲にお金を消費すると考えると虚しいモノに思えます。気持ちにゆとりを持てない現代人の影ともいえるかもしれませんね。

もちろん、全てを否定など出来ません。
出来ることから始めればいいし、少しでも意識することが大切だと思います。

便利に慣れすぎてしまってることが、人類の進化を妨げているという部分であるのも皮肉な話です。 

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2008年3月16日 (日)

しゅん君

E30ad4aa_640 僕にはもうすぐ小学生になる、小さな親友がいる。

しゅん君だ。小生意気なガキである。

先日、わが家に遊びに来たのだが、僕は居なかった。
玄関に入って第一声が「この家、おもちゃあるぅ?」(笑)
加えて、「この家こんなに小さかったっけ?だって」傷つくなぁ、君が大きくなったんだろうが。

幼稚園の先生とも闘っているという。あまりにも弁が立つ小僧は、飾りのない言葉で適当な受け答えを論破。先生が逆切れして、睨んだりプイってしても怯まない。翌日に「先生、なんで昨日僕をにらんだりしたの」って抗議!
もう4日間も根に持っている。

広告チラシの裏に書かれた手紙がよく届く。話題は宇宙関連と市長選とか(爆)。何でも、住んでいる熱海の市長の孫が同じクラスらしい。NASAが大好きで宇宙ロケット関連の新聞記事をファイルして持ち歩いてもいる。

夜、家に帰ったら、置手紙があった。
「NASAにかえります。おこずかい500円でいいよ」
腹を抱えて笑いました。

でも、棚から僕の「白熊のピース」の未開封DVDを見つけて「これちょうだい!」と、お持ち帰りになったそう。
まだ観てなくて楽しみにしてたのに・・・

しゅん君のママはいつも謝っています。

【しゅん君語録】 
・ニュースを見るのが好きらしく、時事ネタをふられ、ちゃんと答えられないと「新聞読んだ方がいいよ。大人なんだからさ」
・我が家のHAWAIIANウォーターが気に入ったらしく、自分で水のレバーを押しては飲んでいた。帰り際に「ママさいふ!って。お水のおかねいくら?」だって。

そんな愛すべきクソガキは、成長につれ病が進行する未だ治療方法も見つかっていない難病を抱えています。成人になる頃には、歩く事も困難になってしまうと医師からは言われています。
でも、親はもちろん、僕たちも絶対に諦めません。
医学の進歩と奇蹟を信じて、彼の未来を見つめます。

僕は、本当にあらゆる努力を出来ているだろうか。
持ち得る全力で事にあたれているだろうか。
胸を張って未来に向かっているといえるだろうか。
本気で諦めないで、しゅん君のために何か出来るだろうか。

いや、諦めてはいけない。絶対に諦めない!

小さな命のために頑張れる事をする覚悟だ。

しゅん君が大人になる頃、どのような世の中なのだろう?と、思う。

僕は僕らしく、どんな困難にも背を向けず、前向きに進むしかない。
みんな、頑張って生きているのだから。

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2008年3月14日 (金)

FOODEX JAPAN 2008

Foodex2008_1 13日の国際ホテルレストランショー(東京ビッグサイト)と14日のFOODEX JAPAN 2008(幕張メッセ)で特別講演をさせて頂きました。

フードアナリストという資格がまだ全国的に認知されていない状況下での出演依頼でありましたから、このチャンスにしっかりと知って頂きたいという意味もあってステージに立ちました。

食に携わる関係者の皆さんへのメッセージは、仕事の依頼という形で返って来ました。

本当にプロフェッショナルの商談の場。

講演を終えて、マスコミの取材や講演依頼、商品開発の相談から資格への興味などたくさんの声を頂きました。

会場でもテレビ取材を受けるなど、反響の大きさに驚きと喜びを感じます。

「with Thanks & Respects」という理念をご理解頂けた企業からは、社員研修などのご相談も頂きました。

某日本最大の大手食品メーカーさんは、幹部になるとフードアナリストの資格を取得するという企業も出てきています。

そして一番反響を呼んでいるのが、@nifty厳選レストランサイトの話題です。講演の中でも紹介しましたが、4月14日にOPENする食の総合サイトの誕生です。

今までの食のサイトとの最大の違いは、食・食空間を評価・分析・格付け出来る専門家であるフードアナリストが全面的にコアな情報提供をするという点です。食べて側のプロであり消費者の代表でもある立場から、有益な情報を客観的な評価でレストランを紹介して行きます。

もちろんあらゆる食に関わる話題や情報も掲載されますので期待して頂きたいと思います。

FOODEXでの食のトレンドをテレビ収録で紹介しました。

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2008年3月10日 (月)

星に願いを

美しく咲き誇る桜の季節は、寒かった冬からの開放と夢と希望のスタートのイメージでしょうか。

僕にとっての桜は、美しくもあり、“切なく儚い命の証”のような存在です。

1年で僅かの期間を美しく染め上げるその花の色は、その短命が故の輝きなのでしょうか・・・

その昔、僕が出逢った少年のような目の輝きを持った青年は、心優しい天然ボケの小柄な男でした。その童顔な風貌から親しみをもって「大ちゃん」と呼ばれていました。

僕が手がけたあるイベントで知り合い、意気投合して親交を深め気付いたら親友ともいえる関係になっていました。

何でもバイクでレースをするレーサーとは聞かされていましたが、「そうなんだ」程度の認識でした。
知り合って暫くして、本屋でふと目に入った本の表紙に彼が出ていて、ビックリした時の事は今でも鮮明に覚えています。世界選手権にスポット参戦して優勝!あまりにも力の抜けた天然キャラの童顔君があの競争の激しいレースの世界で活躍する姿すら想像もつきませんでした。

そこから、一度レースを観に行こうと思い立ちます。
が、そこから開発に失敗したメーカーのマシンに翻弄され、結果が残せず。挙句に転倒による大怪我で選手生命まで危ぶまれる危機もありました。

幾多の苦難を乗り越え、僕は傍らで応援を始めました。
彼のために公式Web Siteを立ち上げたのです。当時はまだ誰も持っていなかった時代です。試行錯誤の日々でした。

その後2年の歳月をかけて、復活を遂げて、やっとの思いで世界へ羽ばたく日が。
「一緒に世界で戦って欲しい」という彼の言葉で、退職を決意。日本人で始めてのレーシングライダーのパーソナルマネージャーになりました。

拠点はイタリア、そして、世界全大陸を渡り歩きながらレースを転戦して周る生活になったのです。世界での才能を開花させ、世界選手権参戦2年目で年間16戦中11勝という新記録での世界チャンピオン獲得という快挙を成し遂げました。2001年の事です。
忘れもしないマレーシアグランプリのゴールを優勝で飾った瞬間に世界チャンピオンも確定したのですが、マシンをピットウォールに寄せて来て手を出す僕に、マシンをコントロールしながらタッチして来た彼との「バチン!」という痺れるような感触は今でも忘れる事のない思い出で、心の宝物です。

いつも世界選手権の日本グランプリは桜の咲く頃の開催でした。
美しく咲く桜の華やかさに包まれた鈴鹿サーキットで、日の丸の揺れるスタンドから大勢の歓声を力に戦って来ました。

そう、あの日までは・・・

2003年、春。
僕は、本当の家族・・・いやそれ以上に想っていた男と突然の別れを告げなくてはならなくなりました。
満開に咲く美しい桜が一瞬に乱れ散る瞬間を凍らせた様な重く切ない記憶・・・

レース中のアクシデントでした。

泣きました。
もう永遠に枯れる事はないと思えるほどの涙が溢れて、泣きました。

1年以上もの長い間、何も出来ず只々下を向いて生きる屍の様でした。

気長に、忍耐強く支えてくれたのは家族でした。
どんなに自暴自棄になっていても、彼女は自らを犠牲にしてまで僕を支えてくれ続けました。

時々、空を見上げては星を探します。
そして、語りかけます。

何年経っても君との時間が褪せる事はありません。心の中ではいつも一緒です。
「どんな事でも信じた道は真っ直ぐ歩こう!絶対に諦めない!」
今でもこの言葉を大切にいています。

宙に輝く星に想います。

「今、僕は君の期待に応えられるほど頑張れているだろうか?」

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2008年3月 3日 (月)

アフタヌーンティー

Photo_2 最近、アフタヌーンティーを頂く機会が多い。昼食を食べ損ねて夕飯も遅くなりそうだというシチュエーションが多いせいかもしれない。

アフタヌーンティーは、英国の数あるティースタイルの中でも最も有名なものです。最近は、日本でもホテルのコーヒーハウスなどでいただけ、日常的なものになりつつあります。

アフタヌーンティーを取る習慣が始まったのは、19世紀後半のことです。アフタヌーンティーは、ベッドフォードの公爵夫人アンナから始まったと言われています。当時夜9時ごろでないといただけなかった夕食までの間、 空腹を満たそうとメイドさんにお茶とバター付きパン、そしてケーキをトレーにのせて運ばせたのが始まりといわれています。その後、彼女はこれを毎日の習慣とし、しばらくは家庭内で一人でお茶の時間として過ごしていました。その後友人を少しずつ招待するようになり、優雅な食器を披露し、歓談しながら飲むようになると、その様子は瞬く間に貴族のあいだに広がっていきました。それは単にお茶やお菓子をいただく時間だけでなく、彼女達の社交の場として定着するようになりました。

しかしながら、アフタヌーンティーが流行していった背景には、いろんな興味深い要因があります。その中で最も重要な点は、どんどん膨らんで行くイギリス産業の発達に伴い、1840年代になると、人々がオフィスに通って働くようになり、今までとは違う生活パターンが生まれたことです。
 食事の時間帯は、以前は朝食の時間帯が朝9時から10時で、トーストとコーヒー、紅茶、又はチョコレートドリンクの軽い朝食だったのが、朝食の時間帯が早くなり、食事内容も充実したお腹に貯まるものになりました。その内容は、温かい、簡単に調理された肉や魚料理、ハムやベーコン、卵料理、肉のパテ、マフィンやトースト、そしてコーヒー又は紅茶の飲み物で、夏には果物も加わりました。昼食は午後1時頃で、朝食の残りで作ったサンドウィッチ、またはスープとパンのように軽い物でした。夕食の時間帯も移動して、それまでは5、6時に取っていたのが、8、9時になり、客を招いた時には10時になることもありました。

このように食事の時間帯が、比較的早い昼食と遅い夕食になってしまったので、昼食と夕食の間の空腹を埋めるものとして、アフタヌーンティーが誕生したのです。

当時はスタイルも時間も厳しい約束事はなく、始まりはだいたい4時ごろだったそうです。
それがヴィクトリア時代後期になると3時半くらいからになり、レースや柔らかな布でできたティーガウンと呼ばれるお茶会用のドレスが流行しました。また陶磁器もこのアフタヌーンティーのためのものがたくさん焼かれ、華麗なスタイルと世界を繰り広げていきました。このお茶会はヴィクトリア時代にはさまざまなマナーやエチケットもそれに合わせて生まれ、最盛期を迎えました。

アフタヌーンティーのスタイルは、上記の様にヴィクトリア時代からの伝統的なスタイルと、現在の英国で多く行われているカジュアルなスタイルとがあります。

どちらが良くてどちらが良くないというものではありません。

日本には茶道にのっとった茶事がありますが、英国のクラッシックなアフタヌーンティーのスタイルは、まさにその茶事に似た所があります。単にテーブルを華やかにセッティングするだけでなく、そこに何か物語があるかのように作る事が大切にされています。上流階級の人達の間では、このアフタヌーンティーの茶会で、どれだけセンスと歴史のある磁器や銀器をきちんと手入れして出せるか、またどれだけの料理やお菓子が用意でき、きちんとサービスできるか、インテリアがどれだけ手入れされ、洗練されたものなのか、などなど、多くのこだわりをもってアフタヌーンティーを迎えます。主催する女主人が主役で、いかに美しく華やかであるか、会話もたけ、話題が豊富か、など、女主人のセンスが求められます。

ここまでくると窮屈な感じがしますが、「A nice cup of tea」といわれるように、この一杯のお茶のには、英国人ならではの精神性と美意識が込められているようにも思えます。

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2008年2月27日 (水)

鯛の鯛

Photo 鯛の鯛って知ってますか?

全ての魚のカマの部分に魚の形をしている骨が有りますが、鯛の骨が一番綺麗な形をしていて、縁起物とされています。財布に入れておくと金運が上がるという言い伝えなどもあり、これを収集してる方もいます。

あの、美空ひばりさんも収集していたそうです。

その表情、形が鯛に似ているところから「鯛の鯛」(タイのタイ)と呼ばれています。
日本料理界で有名な小山裕久さんの著書にも「鯛の鯛」という本がありますが、この小さな骨から由来しているのでしょうか?気になっています。
「鯛の鯛」は肩甲骨と烏口骨の二つがつながって出来ています。
この骨は胸鰭を支えたり、動かしたりするのに使われます。
この風変りな形をした骨、古くは江戸時代の書物の中に「鯛中鯛」として紹介されています。

きっと魚を貴重なタンパク源として、それこそ骨の髄まで味わうように食べた当時の人たちの
食生活と遊び心がそのような名前を付けさせたのでしょうね。
真鯛以外の硬骨魚にも同じ骨があり、その種類独特の表情をしています。
そして鯛ではない魚のこの骨も「鯛の鯛」と呼ばれています。

子供の頃から、祖父に教わったこの「鯛の鯛」探しが好きで、魚を食べる度に骨を慎重に外して「鯛の鯛」を発掘していました。考えてみると、それで魚を上手に食べれるようになったのかもしれません。上手に「鯛の鯛」を探し出して見せると、感心して誉めてくれたものです。知識欲に楽しさと、誉められるという嬉しさが魚をより好きにさせてくれたきっかけだったのかもしれません。

小さなお子さんがいる家庭でも、こうした遊び心を伝えてあげたら良いコミュニケーションになると思います。

因みに、レストランや料理店でも魚を食べた後の皿に「鯛の鯛」をそっと飾っておく事があります。
気付いてくれたシェフや板前さん達から声をかけてもらうこともあります。
「お客さん、魚好きなんですね」って。
それがきっかけで、色んな魚を用意してくれたり食べさせて頂ける機会に恵まれたり・・・
祖父に感謝しています。

でも、実際は気付かれずにスルーされる事の方が多いですけどね。そのまま皿を重ねられて折れた姿は、哀愁が漂っています。小さい魚だとスプーンに乗せてみたりもします(笑)。

自分が昔の人になる頃に、若い世代に伝えてあげられる知識や物語をたくさん持っていたいですね。

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2008年2月19日 (火)

プライドの真贋

人は誰でもプライドを持っている。
 ただ、「この人はどんなプライドを持っているか」ということは、なかなか判らない。
実際に人は、とんでもないことにプライドを持っていることがあるからだ。
よく「逆鱗に触れる」という。何気ない一言で突然相手が怒り出し、理由も分からずに仲たがいしてしまう。こういうときは相手のプライドを傷つけたのだ。
プライド問題の厄介なところは、コンプレックスと表裏一体になっていることだ。一流と呼ばれる組織に守られている内は良いが、個人ベースでの周辺には、コンプレックスがまとわりついている場合が多い。だからプライドをくすぐっているうちは良いが、ちょっと的を外してコンプレックスを刺激すると、ビックリするような過剰反応を示したりする。人間関係のトラブルの多くは、プライド及びその周辺にあるコンプレックスに関係しているといっても過言ではない。
 高級ブランドの宗家でありながら、一族のゴタゴタで没落したのがグッチ家である。今ではグッチのブランドは転売されてしまい、グッチ家の人間は「グッチ」を名乗れない状況に置かれている。グッチ家のプライドは粉々にされてしまったわけだが、こういう時こそ、人間としてのプライドの真贋が問われる。その人のプライドが本物が偽者か。どの程度のものなのか?それは、プライドが危機にある時にこそ、はっきりと現れる。
 グッチ家が没落してから、グッチ家の当主に会って「商談をする」という貴重な体験をした人がいる。作家の山本一力さんだ。航空会社系列の会社で嘱託をしていた山本さんはビジネスマンとして、グッチの当主に会ったのだ。
 
 その時の様子を新聞のコラムに書いているのを読んで、本物のプライドを持った人間がどういうものかを教えられた。彼は、グッチ家の当主ロベルト・グッチ氏を次のように表現していた。
 『「これからは新しいブランドの商品開発を行い、市場でグッチを打ち負かします」。ドイツの名優クルト・ユルゲンスを思わせる厳格さと気高さとが重なり合った風貌のグッチ氏は、気負いのない口調で言い切った』(「朝日新聞」2006年6.27付)
会った場所は、東京・天王洲。そこまで来るのにグッチ氏は、浜松町からモノレールに乗って来たそうだ。また、いでたちも暑い最中、長袖のシャツにグッチ家の紋章が織り込まれたネクタイをビシっと締めていたという。その行動、立ち振る舞いの腰の低さに感心する。あのグッチ家の当主がです。
 本物のプライドは、決してすぐ人に解かるものではない。一見すると、普通と変わらないような態度や物腰、言葉、そして行動をとるのだ。

 プライドを鼻にかけるような人間とか、すぐにそれが匂ってくるような人間のプライドなどたかが知れている。そういうものをめったに出さない人間こそが、本物のプライドの持ち主なのである。それを察知するには、自分が礼を持って接するしか方法はない。

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2008年2月15日 (金)

トンカ豆

Photo 今年もショコラ旋風が吹き荒れたサロン・デュ・ショコラ。

多くのショコラティエの来日、競演で大いに盛り上がり高額チョコが軒並み売り切れというチョコバブル状態でした。

それほど食文化が豊かになったのか、情報に躍らされているのか・・・Photo_2

それにしても毎年繰り広げられる狂想曲にはついていけそうにもありません。

今年はパトリック・ロジェ氏のみにフォーカスを当ててサロン・デュ・ショコラに行ったことは前の日記に書きました。今年に入って、昨年度(07年度)の最優秀ショコラティエとしてパリ市より表彰されたパトリック・ロジェ氏は、まだ39歳。2000年にMOFを獲得。現在、若手No.1の呼び声の高い注目の人物です。35種類のクーベルチュールを操り多彩なショコラを生み出す才能は世界屈指。

「ショコラは探求するものではなく、何と組み合わせるかは天命で決まっている」が持論。

天才肌の彼が繰り出すショコラは、曇りのない透明感に溢れる芸術作品のようです。

中でも特筆の逸品がトンカとの組み合わせでありました。

トンカ豆(Tonka bean, Dipteryx odorata)とはギアナが原産の豆科植物で、香水にも使われているスパイスです。このトンカに含まれているクマリンという成分は、桜餅の香り成分として知られ,芳香族化合物の一種です(シナモンの香り成分のシンナムアルデヒドやコーヒーの香り成分であるカフェー酸とともに知られている)。バニラに似た芳香があり、苦く、芳香性の刺激的な味がするのです。

ビターなショコラとトンカの組み合わせは、今年を代表する最先端の組み合わせだったと感じました。

パトリック・ロジェ氏をはじめ、フレデリック・カッセル、ピーエル・マルコリーニ、デルレイ、オリオール・バラゲ、リシャール、などなど僕が今年食べたほとんどのTOPショコラティエたちが使用していました。

実際に聞いてみると、フランスでも料理やデセールにも使われる傾向にあるとか。

僕が贔屓にしているフレンチレストランのデセールでもトンカ豆を香りに使ったものが出て来た事があって気になっていました。

一部でのマニアックな香辛料から、新しいスター候補生へ昇華の「トンカ豆」に注目です。

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2008年2月 2日 (土)

FOODEX JAPAN 2008

Foodex 今年のフーデックスでの特別講演に出演します。

やっとチケットの見本が完成しました。

公式サイトにも情報が掲載され、特別講演というページもオープンしました。

http://www2.jma.or.jp/foodex/ja/vis_8.html

錚々たるメンバーの仲間入りは、気が引き締まりますが光栄でもあります。

頑張ってフードアナリストとして世の中にその存在を知って頂ける様に全力投球です。

お時間がある方は、ぜひ会場にお越し下さい。

応援よろしくお願い致します。

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2008年1月25日 (金)

パトリック・ロジェ in サロン・デュ・ショコラ

フフフ、昨日スケジュールの隙間を縫ってフジーニも「世界最大のチョコレートの祭典」に行って来ました。

今年は、「パトリック・ロジェ」一本に絞ってます。様々なショコラティエの芸術が味わえる現在の日本において、アンリ・ルルー上陸後の最注目は、何といっても初登場!パトリック・ロジェでしょう。

未だパリでしか食べる事が出来ない名作を食べる機会は逃しません。

2000年に30歳という若さで、チョコレート職人にとって最高の名誉にあたるM.O.F(フランス 国家最優秀職人賞)に輝いた彼。プラリネの魔術師、チョコレートの芸術家とい う異名をとるその独特の味わいと感性を体感する日が来ました。

天然フルーツの香りを大切にするパトリック・ロジェ氏ですが、中でも柑橘系の味わいは秀逸です。会場には、パトリック・ロジェ氏本人がいたので少し話をさせて頂きました。日本に大変な敬意を持って下さっています。購入した氏の著書に書かれた直筆のサインには「愛」と、覚えたての「友情」の文字が書かれました。

本当に芸術家としての、その存在感に感動の時間を過ごす事が出来ました。

ピエール・ガニエールと似たオーラを感じます。「先ずは、アートありき」という感性も似たものを感じます。

さて、購入したチョコは、天然フルーツを使った「シクローヌ」など、「フルーツとショコラのマリアージュ」というテーマを表現した逸品です。その美しい姿は、宇宙からみた地球のようでもあります。

しかーし!18粒で15,750円とは、高ーーーーーーい!その上、著書が15,750円だって・・・

ひえ~~~カードで分割にしようかと思いますね、こりゃ。

それでも、超一流を知る機会を逃さない!と自分に言い聞かせてGET !です。

しかし、ゆっくり味わえぬまま出張です。

自宅に残されたチョコ・・・ママーニとチビーニが留守番中・・・ピラニアの棲むアマゾンに肉を落とした状態にならねば良いが・・・帰ったら箱だけはイヤだよ。

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2008年1月 9日 (水)

食の原点

私は魚介類が大好きなのですが、原点はやはり港町で生まれたということだと思います。
家の前の道を挟んですぐ海という環境で、幼少の頃、漁師さんの知り合いに毎日その日のお勧めの魚を届けてもらっていたという話を聞かされています。離乳食から魚をほぐした身であったとも。瀬戸内海でしたから、白身の魚が多かったですね。

少年時代は、学校から帰るとすぐに竹竿(当時150円)を持って、釣具屋さんで数十円程度のエサを買い海に向かってました。夕方3時間程度でも平均で4~5匹は釣れて、アイナメ(地元ではアブラメ)、カレイ類、舌ビラメ(地元ではゲタ)、たこ、たまに鯛なども釣れました。引き潮の時は、習字の筆を持って海岸をウロウロ・・・小さな穴が開いているんですが、そこに筆先を突っ込むとシャコが筆先を挟んで上がって来ます。冬になると、学校帰りに魚屋さんで鰤の頭をタダでもらい、堤防のある海岸へ!鰤の目の部分に針金を通し、岩と岩の隙間にそっと沈めると、今度はワタリ蟹(地元ではザガミ)が釣れました。最高で20杯も釣った事があります。何度も岩場や海に落ちて救助されましたが、懲りた事はありません。家へ帰る道すがら、知り合いの家へ蟹を配って歩いたものです。
お正月の雑煮でも、我が家では自給自足の精神を発揮します。予め釣っておいたハゼを素焼きにしておいて干しておき、雑煮の出汁に使うのです。後年は面倒になり、鰹出汁となってしまいましたが・・・。またいつか、ハゼ出汁の雑煮を食べたいものです。

青年期を迎えいつしか肉食になっていた時期があるのですが、東京に出た18歳の時に一人暮らしとなり、なかなか魚が食べられない環境に、何か寂しさを感じました。「魚がこんなにも自分の食生活に馴染んでいたのだと実感しました。」働くようになって、鮨屋などにも行けるようになった頃、出て来た白身魚が何であるかを見分けられる事に驚かれて、はじめて海育ちの良い面を感じたりもしました。お金では買えない、経験という財産を授かったのだと感謝の気持ちを抱きます。

仕事として、イタリアに住む事になった時もMISANOという町に住んだのですが、アドリア海が目の前のアパート暮らしで、歩いてすぐの港のレストランに通いつめました。甲殻類大好き、自称「エビラー」としては、スカンピ!スカンピ!スカンピ!というほど食べましたね(笑)。立派なシャコも出てきて懐かしいやら嬉しいやらで、少年時代を彷彿とさせるマリンライフ(ものは言いようでしょ?)を楽しむ事が出来てホームシックにかかる事は全くありませんでした。

懐かしい思い出です。

岡山は、「くだもの王国」といわれていますが、小学校低学年の頃は、学校帰りに近所の枇杷の木に登り、ランドセルいっぱいのビワを持ち帰った(勝手に)ものです。その他、ザクロやサクランボ、梨なども獲り放題(勝手に!)。

のどかな時代でした。

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2008年1月 5日 (土)

溢れる情報の波を泳ぐ

ここ数年、食関連情報が溢れています。TV、ラジオのみならず専門書から雑誌の特集記事、インターネットなどなど・・・あまりにも多くの媒体に記事が載るので、頭がついていかない状態です。
それでも、好奇心が足繁く本屋に向かわせ、新聞欄から食に関わる番組をチェックしてはVTRで保存。美味しい店があると言われれば、西へ東へ。しかしながら、拘りと心を満たしてくれた情報は100の内1つあればいい方というのが現実だと割り切っています。
著名な料理評論家が薦める料理店で、何度も失望を味わい、意外な無名の店が素晴らしく美味しくてサービスも心地良かったり・・・人間が人間のする仕事や作り出す料理を評価する事の難しさを実感します。

美味しかった、楽しかった、快適だったと感じる条件が人それぞれ違うのと、体調や環境(レストランに行った目的や同席のメンバーとの関係)などによっても大きく左右されるであろう判断の基準。
作り手とて体調もあるし、食材にもコンディションがある。肉や魚でも、部位によって味が違うのですから一度だけでの評価はかなり難しいと言えるでしょう。

それでも新しい情報が出る度にその情報をチェックし、気になるものは実際に体験しよう!と思います。それは素晴らしい料理との出会いの感動が何にも勝る喜びに他ならないからです。作り手の拘りを皿に表現し、心を震わしてくれた料理を作ってくれた料理人には感激と感謝を伝いたい気持ちになります。日本では、なかなか料理を作ってくれた方と直接話す機会はありませんね。私は、出来るだけお皿に意思表示を残しておこうと考えています。
素晴らしく美味しい時は、ソースまで残さず食べる、今ひとつの場合は少し残す・・・など。
以前、レストランで好みが合わず、少しだけ残した事があるのですが、その皿を見たスタッフは笑顔で「お好きではない食材でしたか?」と聞いてくれました。「塩気が少し僕には強かったです。」と正直に応えました。後日、訪れた時に味は好みにピッタリ修正されていました。
驚いて、素直に「今日は好みにピッタリで素晴らしく美味しいです」とサービススタッフに伝えました。帰り際に、シェフが出て来てくれてそっと教えてくれたのは、「前回は、僕が連れていたお客さんがワインを飲んでいて、その方を僕が招待した情報を予約の段階で理解していたので、お客様を第一に味付けをしたのだと。僕は、車だったので水を飲み、基本的に強い塩気が好みではないという情報がなかったので、残した時にお伺いさせて頂きました。」と。そして、「今回は、頂いた情報から味の好みに合う調理を心掛けさせて頂きました。」と話してくれたのです。そこまで、お客側の事を考えて料理を作るシェフ、そしてそれを支えるサービススタッフに感謝の気持ちでいっぱいになりました。正にホスピタリティの精神ではないでしょうか。そして、一度だけの訪問だったら気付けなかった事がニ度目の訪問で素晴らしい体験となったのですから、この経験はお金にはかえられません。

食べることを愉しむには、一方的にサービスを待つのではなく、予約の段階から情報を伝える努力を行えば、更に満足度の高い時間が過ごせるのではないでしょうか。
それ以来、予約時には人数、メンバーの好み、体調、誰が主役、連れて行く人の好き嫌いを伝え・・・お勧めの食材、調理法などを聞くようになりました。

もちろん、全てのお店に通用する話ではありませんが、そうしたやり取りで満足出来る「大好きなレストラン」を見つける楽しみもまた、食関連の情報の一部です。

自分の好みの店を見つける方法に、絶対はありません。それぞれが情報を整理して、感性を駆使して判断し体験するしかありません。
言えるのは、店側も客側もお互いが敬意をもって接すること、そして、感謝の気持ちが何より大切だと思います。

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2007年12月27日 (木)

すぐれた食文化を次の世代へ

テレビ番組のアドバイザーを務めている関係で、日本人が世界の人々とどの位食生活が豊かかという観点で実態を調べているのですが、一昔前に比べると便利と引き換えに多くのモノを忘れ去ってしまっている現実が見えてきます。

食品の質はどう変化しているのか?

品種の改良や栽培技術の進歩、外国からの輸入などで旬の幅が広がっています。同じ食品であっても、野菜などは味や栄養価に差があります。たとえば夏場のホウレンソウは冬場のものに比べてビタミンCは三分の一、ベータカロテンは70%程度。味もかなり落ちます。

輸入野菜は安価ですが、ブロッコリーは国産ものに比べてビタミンCは80%程度。それでも選択肢が広がるのはいいことです。こうした食品の特徴をよく理解して賢く選択し、味や栄養価がたりない場合は他の食品を組み合わせて補う工夫が大切です。

基本的には旬の露地もののほうがハウスものより味もよく、栄養価も高いが、今は栽培技術が進歩しており、トマトや温州ミカンなどは、ハウスでも質のよいものが出来る。
冷凍ものの魚もきちんと温度管理されたものであれば、味や栄養価に大きな差はなく、食べ比べてみて初めてわかる程度だという。技術の進歩に対応するためには、消費者もそれに見合った知識が必要になる。

技術の進歩による恩恵は素直に受け止めていいと思います。夏においしい温州ミカンが食べられるなんて夢のような話。風味調味料や加工食品も忙しい時には重宝です。ただし、そうした便利な商品に振り回されてはダメ。便宜的に使用するもので、常用するものではありません。食品や健康に対する正しい知識を持ち、主体的に取捨選択して欲しいですね。

伝統的な日本料理の長所を見直し、家庭料理のレベルアップをはかるべきだと思います。グルメとは有名店を食べ歩くことだけではなく、家庭でおいしいものを食べることが大切だと考えます。
 
日本の食文化は世界に誇れる素晴らしいもの。私たちの祖先が長い年月をかけ、それこそ人体実験を重ねた末に築き上げた貴重な遺産であり、日本の風土、日本人の体質に合った食物なんです。それを次の世代に伝えていくべきです。

イタリアのあるご家庭を訪れたとき、農家の若い主婦が祖母の代からの料理ノートを使っているのを見て感動しました。祖母から母、母から娘へと味が受け継がれていく。残念ながら、日本ではそうした伝統は失われてしまいつつあります。次の世代に伝えるべき味は何なのか。
それを問い直す時期に来ているのではないでしょうか。

フードアナリストが、現代の日本の食事情に貢献できる役割は大きいと感じます。
メディアからも、その役割に大きな期待が寄せられているのです。

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2007年12月23日 (日)

小さな花の意味

いつも駅に向かう通り道に小さなイタリアンレストランがある。

味は、良くも悪くもなく普通。

凡庸な料理。

それでも一生懸命に店をきれいに清潔を保ち、店先には花などが飾られている店だった。

だったと書いたのは、この数ヶ月というもの花は枯れ、店先は荒廃した有様で見た目にも開店休業なのかと思えるほどでした。

毎日通るたび、店の様子を気にしながら歩く日々が続きました。

一向にきれいにならない店先の花壇。

・・・諦めにも似た気持ちになっていた今日、何とその店の前に小さな花が咲いていました。

何気なく通っただけなら気付きもしない程の普通の小さな花。

でも、僕にとっては可憐で喜びに満ちた美しい花だと感じました。

店の照明も心なしか明るくなった気がします。

明日のランチにでも入ってみようかな。

きっと笑顔でシェフが迎えてくれそうな、そんな気がします。

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2007年12月18日 (火)

塩梅

塩梅という言葉は、昔、塩と梅干を水に溶かしてそれを調味料にして使った事に由来します。人間の身体には0.9%の濃度で塩分が含まれていて、この値は、その日の体調や地域、季節などによって微妙に変化しますが、だいたい0.81.2%くらいの間で変化し、この値と同じ程度の塩加減に人間の舌が心地良いと感じるといわれています。つまり「塩梅」の良い加減ということです。

「塩梅のわかる料理人が優れた料理人」だと僕は思っていますし、実際料理の現場でも口が酸っぱくなるくらいに塩梅という言葉が飛び交ったりします。それは、食材の持ち味を引き出す一番の立役者が「塩梅」に他ならないからです。

塩梅は、出汁の濃さとも関連しています。
「出汁がこのくらいの濃さだから、ここはちょっと塩味を控えてみようか」というふうに、塩と出汁にはある一定の方式がありますね。このバランスがとれていると、ビシッとその料理人の味が決まります。

食べる側は、そのビシッと決まった味に酔うわけです、「いい加減だねぇ」と。逆に、耳かき一杯塩が足りないばかりに、あるいは耳かき一杯塩が多いが故に「何だこの味は!?」となってしまいます。

塩といっても本当に様々にあるので、その組み合わせで可能性はです。

かのロブションなどは、陸の動物には陸の塩を使い、海の魚貝には海の塩を使い分けているといっていました。そもそも、魚がどこの海で獲れたかで味が違うように、塩も様々です。

料理の基本である塩梅。いかに技術を磨こうとも、基本を忘れてはいい味は出せません。素材の味を調理する事でマイナスにしてしまっては意味がなくなります。本当の名人は、手を加える事でいっそう美味しくなる調理が出来るものなのです。

素材の持ち味を落とした例ですが、あわびのしゃぶしゃぶというとても贅沢な料理に出て来たスープが鰹出汁だったんですね。これではせっかくのあわびが生かされません。昆布の出汁であるべきなんです。ちゃんと理由があって、「あわびは昆布などの海藻を食べているのですから、組み合わせるなら昆布」なのです。素材に手を加えるなら組み合せと相性は大切です。

「うまいもの」に近づけるには、やはり経験と組み合せなどの知識など、頭で考えることも要求されるのです。手間隙を惜しんでは美味しい物は作れないですし、食べる側は、作り手の心意気が見える料理に出会った時に至福の喜びを感じるものだということですね。

作る人、サービスする人、食べる人が「三位一体」となって、「食べる」という行為が完成するのですから、どの分野も怠らず学ぶ事の大切さを心がけたいものです。 

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2007年12月15日 (土)

チョコレートの技術と歴史

ヨーロッパではチョコレート専門店が数多くあり、とても芸術的で美しい一口チョコなどが売られています。アメリカのハーシーなどに代表される大量生産のチョコレート(これもおいしいですが)とは対極なイメージです。

これらの美しいチョコレートを見ていると、中世から近代の長い歴史の中で発展してきたように思いますが、実はその歴史は意外と短く、せいぜいこの100年ぐらいしかありません。以前古代からのチョコレートの歴史について書きましたが、今回は近世のチョコレートの発展について、簡単にご紹介します。

南米で生まれたチョコレートは、長い間飲み物、しかも体によい嗜好品として飲まれてきました。16世紀始めにスペインにもたらされてからも、スペイン王室門外不出として、すりつぶしたカカオをお湯にとかして飲んでいたのです。

1615年ハプスブルグ家のアンナがフランスのルイ13世に嫁ぎ、チョコレート職人を連れて行ったことで、当時のフランス上流階級にもチョコレート(ショコラ)を飲む習慣が広まりました。しかしフランス革命による貴族の没落とともに、貴族社会の象徴であったチョコレートもすたれ、代わって大衆の飲み物であったコーヒーが嗜好品の中心になっていきました。

その後もチョコレートは細々と飲まれていましたが、カカオは油脂分が多いためお湯に溶けにくく、飲みにくいものでした。18世紀にオランダのバンホーテンが、カカオをココアとココアバター(油脂分)に分離し、さらにココアを粉末化することに成功しました。これがヒットして、再びチョコレートは表舞台に登場してくるのです。

さらに1847年にイギリスのフライ社が、カカオペーストに砂糖とココアバターを混ぜて型に入れて整形した固形のチョコレートをはじめて販売しました。しかし当時のチョコレートは苦すぎる欠点もありました。

カカオとミルクの相性がよいことは知られていましたが、なかなかうまく合わせることができませんでした。1876年にスイスのろうそく職人だったダニエル・ピーターが、カカオペースト,砂糖,ミルクを混ぜ合わせたものを乾燥させて粉末にし、それにココアバターを加えて成形することに成功しました。これがミルクチョコレートの始まりです。ココアバターとろうの性質が似ていたので、ろうそく職人の技術が役立ったのです。

当時のチョコレートはザラザラしてなめらかなものではなかったのですが、その後機械の発達により、粒子を細かくすりつぶし練ることで、現在のようななめらかでつやのあるチョコレートが作れるようになりました。あの美しいチョコレートも、長い間の技術開発の賜物なわけですね。

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2007年12月11日 (火)

旬のものを食べる

食べる事、噛む事で人類は脳を進化させて来ました。
生まれた赤ちゃんもこの人間の進化と同じようにしないと、脳の発達が止まってしまう恐れがあるそうです。食と脳の関係はすでに講義などでも触れていますが、では何を食べたらいいのでしょうか。

旬のものを食べる事が大切なのです。
流通や保存方法が今のように発達していなかった昔は、旬のものを食べるのが、ごく自然の事でした。旬のものは多量にあって安く、食材本来の味がするのです。

現代の人々は、旬のものをどのくらい意識して食べているでしょうか?レストランなどでも、わざわざ旬の食材を選んで料理しているなどと宣伝したりする・・・つまり、日常では旬から離れた食材を食べている家庭が多いという事ですね。

トマトはいつでもあるものだと子供たちは思っています。本当は太陽の光を浴びて育った夏が旬だというと驚かれたりもします。厳密にいうと、トマトの中でも種類によって収穫の時期は違います。フルーツトマトなどはもうすぐ時期外れとなったりします。僕はレストランのフルーツトマトの冷製スープがメニューから外れることから時期を教わりました。本当のトマトは太陽の味がします。

その太陽は、朝昇ってくる位置も沈む位置も、季節によってずいぶんと変わります。その事を見ていると地球は動いているのだなと思いますし、季節の移ろいも感じられます。地球が丸いという事を習った子供たちにも、こうした自然から実感をもって欲しいなと思います。月蝕、日蝕って何だろう?宇宙の、太陽系の小さな星に私たちが住んでいるという事を知り、そして夏が来て、秋が来る。そして冬を迎える・・・といった当たり前の自然と四季の移ろいが「旬」を作っているという事をもっと知って、大切にして欲しいと思います。

温室のトマトと旬のトマトを食べ比べてみると、その味の違いは歴然です。それを子供が感じた時に、脳の神経回路は一段と濃厚になるのだそうです。
こうしたことの中で同様に大切な事に、食器も上げられます。プラスティックに食品をのせないで、日本古来の陶器、土で作られた食器にのせて野菜は供して欲しいと脳食学の先生は語ります。土を忘れて文明を滅ぼさないため・・・というのは大袈裟ですが、壊れるものの儚さと美しさ、感触の素晴らしさを知るのも教育なのです。間違って落としたら壊れるというのも体験として必要な事なのです。

旬の食材が美味しい事を本当の意味で理解すると、脳は美味しかったという感覚を記憶します。高等な精神活動も芽生えます。人によっては料理したい、知りたい、学びたいと思うようになります。そこに想像や創造が生まれるのです。

創作の喜びは人間の前頭葉のもっとも得意とするところです。食べると言う単純な行為は、創作という深い精神活動に繋がっているのです。疎かには出来ませんね。

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2007年11月28日 (水)

アラン・デュカスに会って来た!

昨夜、フードジャーナリスト会議に出席。

◆テーマはズバリ「アラン・デュカス」!

 「真の食の天才は、母なる自然です。
 私の料理の半分以上は、食材そのものの質です」

アラン・デュカスは、料理人であり、レストランのクリエイターであり、 空間デザイナーで あり、レストランに関係することすべてに責任を持つリーダーだ。

彼が率いるグループ・アランデュカスは、世界で20ヵ所以上のレストランと4つのオーベルジュを手掛けるほか、教育、コンサルティング、出版、ホテル、レストラン分野で事業展開している。


「食材をリスペクト」するスーパーシェフの生い立ちから、「料理」「レストラン」「サービス」「食育」、11/22発売(のミシュランガイド東京まで! 

フランス文化の伝承者であり、
世界最先端をいくデュカスが語ってくれた。

アラン・デュカスが提唱する「12のキーワード」を紹介します。

1.情熱・・・ただ好きになること。結果はあとからついてくるものだ。

2.喜び・・・第一の使命は、お客様に喜んでいただくこと。

3.共有・・・日々、新しい何かを身につけること。

4.ハーモニー・・・この瞬間を同じ気持ちで行動すること。

5.リーダーシップ・・・星に届くまで常にトップでいつづけること。

6.厳格・・・こつこうと与えられた仕事を繰り返しながら結果に結びつけること。

7.好奇心・・・世界の多様性に好奇心を持つこと。

8.多様性・・・文化の融合は精神により豊かな知性を与える。

9.卓越・・・緻密に、完璧を追求すること。

10.尊敬

11.勇気・・・恐れずに前進すること。

12.記憶・・・どこに向かっているかを知るためにも、どこから来たかを忘れてはならない。

この12の言葉は、世界中のアラン・デュカスグループで働く全員が片時も離さず身につけている大切なものです。フードアナリストとしても参考になる素晴らしい教えです。

世界で最も成功したシェフに数えられるアラン・デュカスの魅力と裏話は、今後の特別講座などでじっくり話しましょうか。

アラン・デュカス(1956-) Alain Ducasse

料理人、周到な企業家、さらには巧みなマネージャーという三つの要素を兼ね備えているということで、アラン・デュカスが新しい世代のシェフのモデルであり、リーダーであることに異論はないだろう。

1956年9月13日生まれ。16歳でランド県のスストンにあるパヴィヨン・ランデに見習いで入り、その後ボルドーの調理師学校で勉強を続けた。1975年コミとしてランデ県のウジェニー=レ=ヴァンにあるミシェル・ゲラールのプレ・ウジェニーに加わった。洗練された優美な料理に浸って2年間を過ごした。冬になるとパリに出て、ガストン・ルノートルでパティシエとしての技術、も学んでいる。

1977年の夏のシーズンには、ロジェ・ヴェルジュのムーラン・ド・ムージャン(コート・ダジュール)の部門シェフに就任。陽の恵みを体現した南仏の料理とともに、さらにプロ意識や古典料理の基本も吸収した。2年間アラン・シャペルの下で修業したが、シャペルは彼の精神的な師となり、また料理の根本理念を彼に授けた。「食材の選択と下ごしらえに対する厳しい目、そして先ず直感に信頼を置くこと」。1980年には総料理長に就任。
 
その後、ジュアン=レ=パンにあるホテル・ジュアンナのラ・テラスの指揮をとる。彼はここで新しい料理を案出し、開発してゆく。その才能は開花して1986年にはミシュランの二ツ星が与えられた。1987年5月、アラン・デュカスは新しい挑戦を決意した。モンテ=カルロのオテル・ド・パリのレストラン・ルイⅩⅤの建て直しであった。新しいスタイルのレストランは、3年後にミシュランの三ツ星に輝く。勢いはとどまる事を知らず、1995年にはアルプ=ド=オート=プロバンス県にオーベルジュ・ド・ムステイエを開業。
さらに1996年にはパリにレストラン・アラン・デュカスを作り、早くも1997年には新たな三ツ星を獲得している。卓越した技術と強烈なカリスマ性が、料理人としての一早い成功をもたらした。彼の料理の基盤になっているのは、卓越した味覚を駆使して選び抜かれた食材である。アラン・デュカスは料理という仕事を次のように表現している。「料理とは・・・、束の間の芸術で、日々繰り返しの作業だが、ここに利点(技術の熟達)もあり、危険(惰性的な仕事)も潜んでいる」。
 
熱意と野心に溢れた若い料理長たちが周囲に集まり、アラン・デュカスは、規律、改良、変革を旨とした一つの流派を作り上げた。そのスローガンは「知って行い、行なって行い、行なって知る」。
 
フランス料理に忠実に奉仕する一方で、企業の熱き指導者として、世界にフランス料理の威光を示し、その復興に大きく寄与している。現在、ミシュランガイドで12の星を持つ。

【写真】中央は18歳のアラン・デュカス氏

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2007年11月21日 (水)

クリストフルの思い出

「クリストフル」は、1830年、宝石商であったシャルル・クリストフルが義兄のジョゼフ・アルベール・ブイエと共に創業し、その後170年以上もの間、常に高品質のシルバーウェアを世界に紹介し続けている。その歴史ある顧客リストは類をみないほどの豪華な顔ぶれといえます。

クリストフルが誕生した背景には、フランスの衣食住に対する文化がある。見事にセッティングされたテーブルには、美しく盛り付けられた美味しい料理、楽しい会話、きれいに並んだカトラリー、まさにこれがフランス文化といっても過言ではありません。フランス国内の主たる機関はもちろんのこと、パリのジョルジュサンク等に代表される有名なホテル、一流レストランでもクリストフル製品は愛用されています。

パリのマキシムのある通り、リュー・ロワイヤルのマドレーヌに向かって右側、サン=トノーレ通りに行くちょっと手前に、クリストフルがあります。

洋銀や純銀の食器が美しく並べられていて見るものを魅了しています。フランスの上流家庭のお嬢さんがお嫁入りする時に、ここで一揃え注文するのが慣わしとか。または、親子3代がリペアをして継承して使い続ける名品とも言われています。エール・フランスのファーストクラスも、オテル・リッツも同じようにこの店に注文しているそうです。

僕は食べる事に興味があったのですが、勉強中でカトラリーの種類など詳しく知らないと言ったら、即席の勉強会宜しく店内を案内してくれて様々な物を出して解説してくれました。

ナイフ・フォーク・スプーンの他に、牡蠣を食べる時のちょっと平たい感じの小さなフォーク、エスカルゴ用の二股のフォークとピンセット、オマール海老用のペンチと先の割れて尖った細長いフォークなど、ありとあらゆる種類を出して手に持たせてくれて教えてくれました。フランス語に「?」という表情を読み取り、英語に切り替えての説明は、ホスピタリティを感じます。助かりました。

デザインにも色々あって、最も現代風(当時)にしてあるオルリーや、アメリカ風の近代的デザインとはいうものの、おとなしいアルビなどから始まって、昔のパリ風というか、20世紀初頭を思い起こさせるクリュニー、ルイ14世風のヴェルサイユ、ヴァンドーム、ルイ15世風のスパトゥールや、マルリー、ポンパドゥール、ルイ16世風のリュバン・クロワゼ、それにペルルなどを見せて教えてくれた。この時は、チンプンカンプンでよく解かっていなかったのですが、この時の経験が後にレストランでのカトラリーを見る目に繋がっているのですから経験は大切です。帝政時代を彷彿とさせるマルメゾンのデザインが好きになったものです。

「とても高価で僕には手が出ません」という僕に、お店のスタッフ(品の良い年配女性)が「丁寧に洗えば、うちでは50年保証なんですよ。機械で洗われると25年ぐらいしか保証出来ませんけどね。何しろ、1ダースのナイフ、フォークに純銀を125gも入れてあるのはクリストフルだけですから」と、ちょっと誇らしげに話してくれた笑顔が印象的です。
多少の傷など、持って来てくれればほぼ完全に元に戻して差し上げます、と言って補修技術の優れている事を付け加えてくれました。

クリストフルが日本に紹介されたのは約30年前。高級レストランやホテルなどで少しづつ浸透していったようです。現在では、一部のレストランで使われ始め、活躍されている若いシェフの中には、いつかは「クリストフル」で揃えたいという人も多いと聞きます。

料理も作る道具と食べる道具の素材が同じでは味気ないのです。
最上の料理は、白銀の輝きが美しく、口当たりも柔らかいシルバーで頂きたいものです。

MEMO
銀は使っていると細かい傷が付いていきます。この傷を気になさる方が多いですが、レストランなどで出されるシルバーのカトラリーを思い出してみて下さい。鈍く光る銀器は、なんとも重みがあります。西欧では、使い込まれ鈍く光る銀を「ムーンシャイン(月の輝き)」と呼ぶそうです。真新しいピカピカのカトラリーはどちらかというと嫌われ、お客様に出す時には使い込まれたように磨き込むのだそうです。

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2007年11月 7日 (水)

ア・ラ・カルト

Clip_image001 イギリスの作家にジェフリー・アーチャー(Jeffrey Archer)という人がいます。
ベストセラーになったものでは「ケインとアベル」「百万ドルを取り返せ!」などが挙げられますが、いくつかの短編小説集も発刊されています。

ジェフリー・アーチャーはその小説群もさることながら、その人の人生においても波乱万丈でした。元英国上院・下院議員。
また、一代限りの貴族である、ロード(lord)の称号をも持っています。
29
歳、史上最年少で下院議員になり、34歳で詐欺に遭い全財産を失い、作家に転身。何回か政界に出たり入ったりしながら59歳の時には偽証罪で投獄されると言った憂き目も経験しながら執筆活動を続けている作家です。

アーチャーの、それも短編集はユーモアに溢れており、また、イギリス・ジェントルマンの生活様式や考え方が垣間見られる部分もあり、興味深い作品も多々あります。

そこで、今日の日記の表題の「ア・ラ・カルト」、1988年に発表された「A TWIST IN THE TALE(邦題:十二の意外な結末)に収められた一編です。

将来は父と同じ職業、つまりトライアンフのタイヤを取り付ける仕事に就きたいと考える少年マーク。父であるアーサーは息子には一生そんな職業は就かせたくないと考え、個人教授さえ付けるといった熱の入れ様。しかし、マークは頑なに父と同じ職業に就くことを願う。そこでマークの母は妥協案を出してマークを承知させます。
「一年間、他の仕事で働いて気が変わらなければ父と同じ道を歩んでもよい」と。

さて、マークが就職した先はイギリスでも最高級のホテル「サヴォイ」このホテルにおいてマークは紆余曲折がありながら、その才能を見出され料理人として腕を振るうようになりました。

いづれ故郷に戻り、父と同じ職場で働くことを夢見るマークでしたが、シェフと共にフランスへ渡ります。
次の職場は「ホテル・リッツ」何年かの修行の後、再びロンドンに戻り今度は自身の店を開きます。マークの店はたちまちロンドンはおろかヨーロッパ中の評判となり、ミシュランから三つ星を与えられるまでに至ります。

三ツ星を与えられた日、テーブルに着くのはグランシェフとなったマークの両親

と、まぁ、こんなあらすじなのですが、我々のように食を学ぶ立場には非常に面白く読める一編だと思います。ホテル・レストラン小説としてもお勧めです。

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2007年11月 3日 (土)

アラン・シャペルに捧ぐ

Photo 1枚のモノクロ写真を見た。

コックコートを着たアラン・シャペルが屈みこみ、三匹の黒い犬を可愛がっている光景。
右手で子犬を抱き上げ、左手と左足で挟み込むようにしてもう一匹の子犬を抱え、さらに、無防備にさし出した彼の頬を母犬が舐めている。犬たちに語りかけているのであろう、口元は動いているように見える。コックコートの白と、愛犬たちの黒い毛並みがくっきりとしたコントラストをなしている印象的な写真だった。

「厨房のダ・ビンチ」、「フランス料理界の巨星」とも呼ばれていたアラン・シャペルは、1937年、フランスのリヨンに生まれた。母は科学技師、父はリヨン近郊のミヨネーという小さな村で<メール・シャルル>というレストランを営んでいた。父の影響から料理人を志したアラン・シャペルは、15歳で当時のリヨンの名のあるレストラン<シェ・ジュリアンヌ>にて、ジャン・ヴィニャールの元で料理人の修行をはじめた。その後、ヴィエンヌの<ラ・ピラミッド>に移り、かのフェルナン・ポワンの元で働く。※<ラ・ピラミッド>では、後にあのジョエル・ロブションが活躍する。
約5年の修行の後、3年間の兵役に服すが、除隊の後、1967年の父の突然の死によって<メール・シャルル>を継ぎ、瞬く間に一流のレストランに育て上げる。1969年にミシュランの二ツ星を獲得し、4年後には名前を<アラン・シャペル>と変え、三ツ星を獲得した。

その後、52年という生涯を閉じるまで、フランス料理界に偉大な功績を残した。
食べた人にしかわからない「消える芸術」は、多くの人を魅了してやまない。アラン・シャペルが信じていた料理への想いを具体的な形にしながら、築き上げた彼独特の料理哲学は、彼の死に際して消滅することなく多くの有志に引き継がれている。志ある後進の者たちが再現、発展させることが出来るよう自分の料理哲学を伝承する事を崇高と呼ばずしてなんと表現しよう。

アラン・シャペルの遺志を引き継ぐ愛弟子である、フィリップ・ジュスに厨房を案内してもらったことがあるが、その際に見せてもらったのがモノクロの写真であったのだ。
「ムッシュ・フィリップ、あなたの料理は一言でいうとどんな料理ですか?」と、質問してみた。
彼は迷いなく「アラン・シャペルです」と、そう答えた。その言葉に、それ以外のニュアンスが混じっていないことはすぐにわかった。彼は、アラン・シャペルの精神や料理哲学を引き継ぐことに、とてつもない誇りと畏敬の念を抱いている。逆の言い方をすれば、アラン・シャペルは死してなお、弟子の体や遺志を借りて自分の料理を究めようとしている。

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2007年10月31日 (水)

[ゆず姫]のニュースリリース

明太子で有名な、やまやコミュニケーションズと日本フードアナリスト協会が新商品開発でコラボレーション!
食の専門家「フードアナリスト」を育成、認定している団体である日本フードアナリスト協会では、この度、明太子製造販売大手の株式会社 やまやコミュニケーションズ(本社 福岡市)と同社の関連会社である株式会社 正春酒造(宮崎市)が製造する、ゆずリキュール「商品名『ゆず姫』」を連携してプロデュース、女性に人気の高いゆずリキュールの中でも他社製品とデザイン、飲みやすさの差別化を図った新商品を開発した。

 食の専門家「フードアナリスト」を育成、認定している団体である日本フードアナリスト協会では、この度 明太子製造販売大手の株式会社 やまやコミュニケーションズ(本社 福岡市)と同社の関連会社である株式会社 正春酒造(宮崎市)が製造する、ゆずリキュール
「商品名『ゆずひめ』」を連携してプロデュース、女性に人気の高いゆずリキュールの中でも他社製品とデザイン、飲みやすさの差別化を図った新商品を開発した。
大多数のメーカーで市販されている、ゆずリキュールでは約1個分のゆず果汁を使用、もしくは、梅酒のように漬け込みして風味を出しているが、新商品開発にあたりフードアナリストが他社製品と飲み比べ、試飲テストを行った結果、食事に最もバランスの良い果汁配合割合を見つけ出した。

その結果、贅沢にゆず約7個分の果汁を使用し、ゆずの風味、さわやかさが引き立った
商品の開発に成功した。開発にあたり、味や飲みやすさだけではなく、見た目のデザインやネーミングまで消費者の視点から総合的にプロデュース、40パターンを越えるラベルデザインの中からパッケージデザインを選び出した。

また、ビタミンC・カリウムが豊富に含まれる、柚子を豊富に使用することで、美容や健康に関心が高い女性ユーザーを中心に、これからの鍋シーズンにお勧めの人気の高いドリンクとなることが期待される。

さらに、消費者にとって、食に対する信頼性・安全性が注目される中、天然ゆず果汁を
ふんだんに使うことにより着色料や香料、保存料を一切使用せず安全性や健康にこだわった商品開発を行った。

今後販売促進も含め、全国のフードアナリストと生産メーカーが、商品企画から、販売まで一体となった新しい取り組みがスタートしていく。

希望小売価格 :1575円(税込み)
お客様向けお問い合わせ先:フリーダイヤル 0120-15-7102
1.製品概要:

商品名   ゆずリキュール 『ゆず姫』
容量 720ml   
アルコール度数  8度

製品特徴  ゆず果汁約7個分使用、着色料・香料・保存料一切不使用 


芋焼酎使用 


2. 発売日:2007年11月1日

3.発売地区:全国

 

       ★「フードアナリスト」とは??★
レストランや料理食店に行って利用者の立場で実際に飲食サービスを受け、
正しい食・食空間・食文化の知識や教養をもとに、レストランを一つ星から五つ星まで格付けをする専門家です。

日本フードアナリスト協会では、全国の優良なレストラン・料飲店を発掘して紹介する方々を育成・認定し、「日本の食文化」の本当の意味での質の向上、また、フードビジネスに携わる方(外食産業に携わる方)の地位の向上を目指して「フードアナリスト」の育成・認定に力を入れております。

最近ではテレビ、ラジオ、雑誌や新聞などに取り上げられるなど「プロの食べ手」「食のプロ」としての評価が定着し始めていますが、消費者の視点を通じ評価・格付けをする専門家として注目されています。会員数は約2000名(2007年9月末)。
         
ゆずリキュール 『ゆず姫』に関するお問い合わせ■

販売元  株式会社やまやコミュニケーションズ
所在地 : 福岡県福岡市東区松島五丁目27番5号
TEL 0120-15-7102  FAX:092-611-5050
http://www.yamaya.com/  
E-mail:info@yamaya.com
事業内容 辛子明太子製造販売・水産物及び一般食品製造販売

■直営店販売先一覧■
【中洲店】    福岡市博多区中洲2-3-12八和ビル1FA号
【箱崎店】    福岡市東区箱崎2-10-39
【本社前店】   福岡市東区松島5-27-5
【別府店】      福岡市城南区別府4-1-4
【天神店】      福岡市中央区天神3-3-5 久保田ビル1F
【新宮店】    糟屋郡新宮町美咲2-1-1
【春日原駅前店】  春日市春日原北町3-49-2堀江ビル1F
【太宰府店】   太宰府市宰府3-1-1
【西鉄久留米駅前店】 久留米市東和町1-17フィールドビル1F
【大牟田店】   大牟田市不知火町1-4-20
【大川店】    大川市大字榎津156-4
【小倉徳力店】 北九州市小倉南区徳力1丁目15-2メゾン徳力1F
【黒原店】    北九州市小倉北区黒原2-1-38
【折尾店】    北九州市八幡西区折尾1-8-9坂田ビル1F 
【行橋店】    行橋市宮市町2-8ヘブンリービル1F
【唐津店】    佐賀県唐津市刀町1516

製造元 株式会社 正春酒造
所在地 宮崎県西都市大字三納10029番地  TEL:0983-45-1013  FAX:0983-45-1415
http://www.masaharu.co.jp
事業内容 酒類の製造/輸入/販売

■本件に関するお問い合わせ■
日本フードアナリスト協会
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代表者:理事長 横井裕之
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2007年10月14日 (日)

ヌーベルキュイジーヌについて Vol.1

オーギュスト・エスコフィエの著書「料理の手引」がフランス料理のスタンダーとして確立されて以降、ホテルやレストランの料理長は、この技術体系をいかに忠実に守って調理するか、ということが求められた時代がある。

このスタンダードが出来た事で、世界中の料理人が忠実に調理に向かう事でフランス料理が名実共に世界に大きく広がった。

この事は、実際に料理を作る側からみると大きな壁となって目の前に立ちふさがったともいえる。料理人たちにとっては自由がないと感じられるようになり、この壁を打ち破りたいと思う料理人が出はじめる。

70年代の初めの「ニューズウィーク」の表紙に登場した、腕組みをしたフランス人の料理人こそポール・ボキューズ。そこには大きな文字で「エスコフィエ セ フィニ」。エスコフィエの時代は終わったと宣言したのだ。

戦争が終わり、経済が安定して、そうした動きが各地のレストランから起こり始める。決まり切った料理を毎日作のではなく、まず市場で自分の気に入った食材を選び、そこから料理を考える。大きな変革であった。

この変革の動きを当時は「ヌーベル・キュイジーヌ」と呼んでいた。新しい料理という意味だが、同時にこの言葉は料理の一つの主張でもあった。
旧い体制への変革の意思を表す象徴的名標語でもあったわけだ。

一方で、ジャーナリストがこの標語を一つの運動として象徴として使った事だろう。アンリ・ゴーとクリスチャン・ミヨという二人のジャーナリストがその中心だった。食べる側のニーズや共感を取り込みつつ行われたという事に、大きな特徴があったといえる。

二人のジャーナリストの名前から「ゴー・ミヨ」と名付けられた月刊誌と、年に1回発行されるガイドブックにおいて精力的にヌーベル・キュイジーヌの運動を推し進めていった。

ちなみにゴーとミヨが考えていたヌーベル・キュイジーヌの定義は次のようなものだった。

①いたずらに複雑にしない
②加熱時間を短縮する
③市場の料理する
④料理の品数を減らす
⑤マリナードやフザンダージュ(ギリギリまで肉を熟成させる)事をやめる
⑥濃くて重いソースを作らない
⑦郷土料理を見直す
⑧新しい調理技法を取り入れる
⑨ダイエットなど身体に良い料理を研究する
⑩料理に創造性を追求する

これらは、エスコフィエが集大成した、高級フランス料理(オート・キュイジーヌと呼ばれる)の部分的な否定であり、時代が要求しはじめた「身体に良く軽い」料理の追求だった。

スタンダードを持つ事によって世界の料理として確立されたフランス料理は、そのスタンダードがあまりにも良く出来た技術体系であったが故に、そこから抜け出そうとしてヌーベル・キュイジーヌという大きな料理の改革運動を押し進めたわけだが、この変革運動は大いに評価すべきことであり、それなくして現代のフランス料理は語れない。

【写真はゴー・ミヨ】

「ゴー・ミヨ(Gault Millau)」
元々は、料理批評家アンリ・ゴー(Henri Gault)とクリスチャン・ミヨー(Christian Millau)が始めた、レストランガイド書籍。1969年創刊。
味のみでレストランの辛口批評をし、一世を風靡した。ミシュランに次ぐ権威あるレストラン批評、あるいはミシュラン以上とされた。
そのレストランの味を20点満点で評価する。現在の最高点は19点まで。これは、完璧20点はあり得ないという、ポリシーによる。
以前は0.5点刻みをしていて、最高点が1993年、ミシェル・ロラン(Michel Lorain)に与えられた19.5点だったが、1998年からは、1点刻みに代わった。 と思っていたら、記録は破られるためにあるが、2004年年オーヴェルジュ・ド・レリダン(L'Auberge de l'Eridan)に何と!!20点満点が与えられた。シェフは、マルク・ベイラ(Marc Veyrat)。

参考【ゴー・ミヨ】より

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2007年10月 6日 (土)

触れてはいけないこと

ヨーロッパに住んでいる時に、フランス人の年配方に教わった事を書いてみます。

フランスでは黙って食事をする人のことを「あの人は犬のように食べる」というそうです。日本で「犬食い」というと、お皿の上に覆い被さるようにして食べる格好を指しますね。犬食いスタイルの上に何も話さないのであれば、これはもうどうしようもありません。
かといって、何でも手当たり次第、思ったままに話すのもどうかと思います。

食卓においては、守るべき「禁句」があります。
政治の事、宗教の事、身体的特徴、この3つは話題にしないことは世界の常識なのです。
 政治の事を話し出したらキリがない。宗教も然りで、その人の問題だから話が広がらないし噛み合わない事もしばしば。食卓で「政治」を話題にする人の事を「ソープ・ボックス・オーレーター」というそうです。石鹸箱の上で演説する人、つまり似非弁士という意味なのです。自分の信仰する宗教について語ったり、特定の宗教を攻撃したりは、良くありません。場合によっては争いのもとになってしまいます。
何より良くないのは、他人の身体的特徴を口にすることです。

これらのタブーを破ったら、次の機会からは「あの人は不作法だから、お招びするのはやめましょう」と外されてしまいます。

年齢を重ねて解かるようになって来ましたが、人間も「群れ」作りの動物です。いつとはなしに社会的な群れが出来る様になるのです。人が二人いれば社会の始まりですから。

昔から「友は類を以って集まる」という言葉がありますが、考えてみるとずいぶん厳しい言葉だと思えます。食卓で不作法な話や振る舞いをするので、次の機会から排除されるような人々は、同じ様な価値観の同士で群れるようになる。「野良犬派」だの「スピンアウター」だのとイキがってみても、他人の迷惑に鈍感な、暑苦しい人間だと評価されてしまいます。
学ぶ事で知識を得て、それを身につけ教養・マナーと成す大切さを感じます。

「限られた人生です。テニスで言えば、返球しやすいように打ってくれる人との会話のラリーを楽しんだ方がどれだけ得かわからないですぞ。」という言葉は、印象に残っています。

もうひとつ、難しい禁句について。
それは、「特定の女性を褒め過ぎない事」。食卓に二人以上の女性がいる場合、ある女性だけが賞賛を受けたら、他の女性は面白くないに決まっています。それどころか、賞賛を浴びている女性のアラ探しを密かに始めるに違いない。もっと悪いのは、悔しさのあまりその女性に皮肉を浴びせるなどという寒々しい光景にもなり兼ねません。

「いや~、一人を褒めすぎて、結局二人に嫌われてしまってね~」とは、お洒落な老紳士(笑)。

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さて、あなたなら?

1997年、ネイサン・ゾナー君という14歳の少年があるレポートを発表して多くの支持を集めました。彼はDHMOという化学物質の害を指摘し、この物質の使用規制を求めて周囲の50人の大人に署名を求め、うち43名のサインを得ることに成功したのです。彼の挙げたDHMOの危険性は、

(1)酸性雨の主成分であり、温室効果を引き起こすことも知られている

(2)多くの場合、海難事故死者の直接の死因となっている

(3)高レベルのDHMOにさらされることで植物の成長が阻害される

(4)末期癌の腫瘍細胞中にも必ず含まれている

(5)この物質によって火傷のような症状が起こることがあり、固体状態のDHMOに長時間触れていると皮膚の大規模な損傷を起こす

(6)多くの金属を腐食・劣化させる

(7)自動車のブレーキや電気系統の機能低下の原因ともなる

といったものです。そしてこの危険な物質はアメリカ中の工場で冷却・洗浄・溶剤などとして何の規制もなく使用・排出され、結果として全米の湖や川、果ては母乳や南極の氷にまで高濃度のDHMOが検出されているとネイサン君は訴えました。

さてあなたならこの規制に賛成し、呼びかけに応じて署名をするでしょうか?


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DHMO
dihydrogen monoxide)は和訳すれば一酸化二水素、要するにただの水(H2O)です。読み返していただければわかる通り、DHMOの性質について隠していることはあっても、ウソは一つも入っていません。単なる水であっても、恣意的に危なそうな事柄だけを取り出せばいかにも危険な化学物質のように見え、規制の対象とさえなりかねない――
ネイサン少年の指摘はなかなかに重い意味を持っているように思えます。

彼が書いた「我々はどのようにしてだまされるのか」というタイトルのレポートは科学フェアで入賞し、マスコミにも取り上げられて話題を呼びました。

ニュースや話の中から正しい情報を読み解く力というものも、知識・教養という日々意識する事の積み重ねから養われるのだそうです。

食情報などで何かを選択し、評価しなくてはならない時にも、ちゃんと注意深く話を聞き、物事を捉え冷静な読み解きと判断が必要だと思わせてくれた興味深いレポートでした。

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2007年10月 4日 (木)

大切な言葉

僕にはいつも手帳に入れて持ち歩いている大切な言葉がある。

「育ちのいい悪いというのは、

決して、

お金のある家に育つか育たないかではなく

自分が与えてもらうことに対して、

素直に感謝できるかどうかが、その決め手になる。

音楽でも深く感動する。

書物でも胸が高鳴る。

理由は同じである。

人生を発見して、

自分が深くなったような気がするからである。

それは錯覚かもしれない。

しかし、自分を深めるのは、

学歴でも地位でもない。

どれだけ人生に感動したかである。」 (原文まま)

これは、僕が愛して止まないフレンチレストランのシェフが、食事に来ていた高倉健さんから 「この料理を作ったシェフに、私が帰ってからこの手紙を渡して下さい」と授かった言葉である。

僕もお裾分け頂き大切に心に刻んでいます。

そして、もう一つは・・・

「若き日に旅をせずば、老いての日に何を語る」

これはゲーテの言葉ですが、まさに僕の人生における大切な教え。


時々、この二つの言葉を見つめながら“頑張ろう”と思うのです。

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